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アイヌ古式舞踊を合同で練習 萩野小と白老東高校

2018-09-08 | アイヌ民族関連
苫小牧民報 2018/9/7配信

児童生徒が一緒にイオマンテリムセを練習
 白老町の萩野小学校と白老東高校の児童生徒が4日、萩野小でアイヌ古式舞踊の合同学習を行った。初めての小高連携の取り組みで、白老モシリの会員が講師となって、代表的なイオマンテリムセを練習。児童生徒たちは、歌いながら踊る難しさを感じながらも、アイヌ文化の奥深さを学んだ。
 同小では総合学習で郷土学習を展開しており、4、5年生が古式舞踊を学んでいる。また、同高では学校設定科目で4月から白老の歴史や産業、アイヌ文化を学ぶ「地域学」を設けている。
 この日は、同小の4、5年生41人と、同高の3年生4人が同小体育館でアイヌ古式舞踊を練習。最初にアイヌ民族はあらゆるものに神が宿り大切にしてきた歴史があること、そしてこの日練習するイオマンテリムセは熊の神に感謝する儀式の際に踊るものであることなどの説明を受けた。
 その後、児童生徒たちは輪になって踊りを練習。白老モシリの土崎雪子さん、山本スナ子さん、山内久美子さんが最初に踊りを披露し、講師の後に続いて何度も練習。歌を歌いながら踊るため、児童生徒たちは隣同士で顔を合わせて確認したりしながら、2コマの授業時間の中で踊りを覚えた。
 今回、小学生と高校生が一緒に学習するという初めての試みに、児童も生徒も最初は戸惑いつつも、練習に参加した生徒4人はいずれも白老出身とあって、休憩時間には談笑したりしながら交流。白老東高の千引鉄平さんは「もっと白老のことを理解したくて地域学を選択した。イオマンテリムセは中学生の時に一度踊ったことがあるだけ。小学生と一緒の学習は緊張しますね」と話し、共に参加した後藤祐輝さん、大橋勇斗さん、戸田裕基さんも元気いっぱいの小学生たちに押され気味の様子。同小4年の及川史翔君は「踊りはちょっと難しかったけど、高校生との練習は楽しかった」と笑顔で話した。
https://www.tomamin.co.jp/news/area2/14615/

筆洗

2018-09-08 | アイヌ民族関連
東京新聞 2018年9月7日
 濃い、淡い緑が広がっているはずなのに、地肌の茶色があちこちでむき出しだ。巨大な爪にそこらじゅう引っかかれたかのような北海道厚真町の姿に驚きと恐怖を覚え、助けを待つ人々の無事を祈る。びっしりと植えられた木々の下から、冷たい土が一瞬で表に出てきた。災害に備える難しさを突きつけられているような最大震度7の地震である▼近代的でもろさなど感じられなかった関西空港が風と高潮でまひしたばかりだ。自然の災厄の無情な力を連日目のあたりにしている▼これほどの地震が北海道を襲うとだれが想像できただろうか。ただ、かの地では、アイヌ民族が、災害が多かったことを思わせる物語を口伝えで受け継いできた。現代への警鐘に思える▼神話では、この地は洞爺湖などにいる巨大な魚が暴れると地震が起きることになっている。その一つでは、英雄神が苦労して退治するのだが、退治した後に踊ると波が立ち、今度は地滑りが起きた。<十勝川へ大山津波が下り/わが沙流川も大山津波が下る>(金田一京助著『アイヌ文化志』)▼アイヌ語由来の地名にも災害の跡を思わせるものが多いという。アイヌ文化研究家更科源蔵によれば、札幌を流れる豊平川の「豊平」も崩れた崖という意味だ▼われわれの足元の下には災厄があり、すぐにその恐ろしい顔を見せる。再認識しつつ力を合わせるときだろう。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2018090702000158.html

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2018-09-08 | アイヌ民族関連
レイバーネット 2018.9.7
 このたびの台風21号、北海道胆振東部地震で被災された多くの皆さまに心よりお見舞い申し上げます。また、犠牲になられた方々及びご遺族の皆様に対し、深くお悔やみを申し上げます。
 今日7日は、文化伝承のために活動するアイヌ民族の人々を記録し、ドキュメンタリー映画にまとめた、NY在住の映像作家、溝口尚美さんをお招きし、インタビュー撮影を行う予定でした。しかし6日、溝口さんは取材先であり、多くのアイヌ民族の方々が暮らす北海道平取町で地震に遭遇。東京に来ることができず、今も停電と携帯電話の通信が不安定な状態の中、隣町で飛行機変更のため待機しているそうです。
 今回は道内のひとつの火力発電所の停止により、全道内で停電となりました。今なお全世帯での復旧はしていません。泊原発も一時は外部電源が喪失するなど、危機に見舞われました。
 自然災害の多いこの日本でこそ、分散型のエネルギーや、コミュニティ単位のインフラの重要性を痛感しています。今晩も再び大雨となる地域がある模様です。お気をつけてお過ごしください。
★溝口尚美さんのドキュメンタリー映画は9/15(土)より1週間、大阪シアターセブンと、神戸元町映画館にて上映されます
「Ainu | ひと」 http://www.ainuhito.com/
http://www.labornetjp.org/news/2018/1536332898351staff01

きょうの潮流

2018-09-08 | アイヌ民族関連
赤旗 2018年9月7日(金)
 町名の由来はアイヌ語で湿地にアシの茂るところを意味する「アツマト」。明治の初め、未開の原野だったこの地に入植した人は蚊やアブが飛び回るなか、大木を切り倒し、熊笹をなぎ倒し、道をつくり、ほったて小屋を建てたと▼北海道厚真(あつま)町のホームページに記されています。先人の労苦によって大平原に実った稲穂。幾多の困難をのりこえ、人びとが築いてきた豊かな大地が震度7の地震に襲われました▼大規模な土砂崩れで茶色い山肌がむき出しになり、倒木がふもとの民家を巻き込む。土砂は道路や田んぼにも流れ込み、倒れた電柱からは電線がたれさがる―。命からがら逃げてきた住民は「信じられないことが起きている」▼胆振(いぶり)地方を震源とする6日未明の地震の被害は、道内全域のおよそ295万戸が停電するなど市民生活の広い範囲に及んでいます。全容はつかめておらず、亡くなった人や安否不明者、けが人の数もはっきりしていません。命を救い、住民の安全確保に全力をあげるときです▼まだ台風21号の生々しい被災がつづくなか、こんどは北の大地を直撃した激しい揺れ。まさに災害列島。いつもどこかで被害が起きている現実を私たちは受け入れなければならない時代なのか▼地球環境のもとで生きてきた人類は、さまざまな災害とたたかうなかで文明を開いてきました。自然の力の前に人間が無力だった頃に比べ、人知は進み、防災や減災の力も格段についてきたはずです。それを存分に発揮する社会づくりをいまこそ。
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-09-07/2018090701_06_0.html

天声人語 

2018-09-08 | アイヌ民族関連
朝日新聞 2018年9月7日
 アイヌ民族による言い伝えである。国造神が天から降りてきて島をつくった。いい場所を選んだつもりが、アメマスという大きな魚の背中の上だった。島を背負わされた魚は怒って暴れ出し、地震を引き起こすようになった。更科源蔵著『アイヌ民話集』にある▼地震の原因となる魚の話はほかにもあり、この地に暮らす人びとが昔から、震災に苦しんできたことをうかがわせる。きのうの未明、大きな揺れが北海道を襲った▼震度7となった厚真(あつま)町では土砂崩れというより、山そのものが落ちたかのようだ。「山津波」という古い言葉を思い出す。それが突然、家々に押し寄せたとすれば逃げる時間などない。……
本文:609文字
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https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180907-00000004-asahik-soci

「葉真中顕」新作 室蘭を舞台にした戦時ミステリー

2018-09-08 | アイヌ民族関連
ブックバン 9/7(金) 12:00配信
 デビュー作の『ロスト・ケア』で高齢者の介護問題を正面から扱い、社会派ミステリーの旗手と目された葉真中顕(はまなかあき)。しかしその後は様々なアングルから現代社会の矛盾をえぐり出し、既存の社会派の枠には収まらない活躍を見せている。今回は第二次世界大戦終戦間際の北海道・室蘭を主要舞台に、民族問題も絡めた戦時ミステリーにチャレンジした。
 日崎八尋(やひろ)は政治犯や敵国スパイを取り締まる北海道庁警察部特別高等課所属の特高刑事。道内の炭鉱や軍需工場では朝鮮人労働者が急増しており、彼はその取り締まりに当たる内鮮係にいた。一九四四年一二月、室蘭の大東亜鐵鋼の飯場から人夫が逃亡した事件の謎を探るべく現場に潜入した彼は見事にそれを解決する。
 翌年一月、大東亜鐵鋼で人夫を統括していた朝鮮人将校とその配下が芸者遊びのさなかに殺され、芸妓が行方不明になる事件発生。嫌疑をかけられた日崎は憲兵隊に引っ立てられそうになるが、特高の「拷問王」三影(みかげ)に助けられる。日崎に疑いがかかったのは遺体からアイヌの毒が検出されたため。日崎の父はその研究者で、母はアイヌの出身だった。
 捜査が難航する中、日崎はこの事件の捜査を担当することになり再び室蘭へ赴くが、着任早々第二の事件現場に遭遇することとなる。
 事件の鍵が、大東亜鐵鋼の工場で開発中の軍事機密「カンナカムイ」にあるらしいことは早くから匂わされるが、著者はそれをめぐる単純な諜報戦にはしない。日本とアイヌ、朝鮮間の民族差別問題を掘り下げ、それに根ざした冤罪沙汰でひと山作る一方、吉村昭の名作『羆嵐』を髣髴させるヒグマホラー(!?)を絡めるなどして、日崎八尋の受難劇を膨らませていく。そこから戦争批判を高めつつ、カンナカムイをめぐる殺人事件も二転三転させていくエンタメ手腕はあっぱれのひと言だ。雲行きの怪しい今の国政にも一石を投じる問題作。
[レビュアー]香山二三郎(コラムニスト)かやま・ふみろう
新潮社 週刊新潮 2018年9月6日号 掲載
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180907-00558083-bookbang-ent

北方領土返還、島民の本音と日本ができること

2018-09-08 | アイヌ民族関連
Wedge 9/7(金) 12:45配信
 8月末に国後島と色丹島を訪れた。最初の印象は、根室から肉眼で見ることもできる近い島なのに、大変遺憾ながら、遠い島と感じてしまった。北方領土と日本には時差が2時間もある。ロシアは世界一番大きな国で、国内に11の時間帯があるので、ロシアの感覚ではおかしくないのだが*1、日本人にとって2時間の時差は心理的距離を強く感じさせる。
 ロシアの実効支配が進む現地では、同様に人々も日本に対して心理的距離があり、複雑な思いを抱いているようだ。後編では、それらの現地の人々の本音、返還に関する思い、そして日本として北方領土に対して何を行っていくべきか、などについて考えていく。
ビザなし交流は無駄ではない
 ビザなし交流では、返還問題など政治的な話をすることはタブーである。しかし、様々な折に、返還に対する島民の感情や雰囲気を感じることができた。決して日本にとって喜ばしい状況ではなかったが、あえて記しておきたいと思う。
 ビザなし交流は1992年から2017年までで、その枠組みにおいて日本人2万3651人が北方領土を訪問し、ロシア人1万305人が日本を訪問した。北方領土のロシア人の人口が1万6000人程度であること、健康に問題がある者や子供は訪問対象者から外されることを考えれば、島民のほとんどが日本を訪問したかのような錯覚に陥るが、実は、日本に一度も言ったことがない人がかなりいる一方、1人で複数回、ひどいケースであると10回以上訪問したという者もいるのである。
 しかも、訪問回数が多い者については、買い物目的で訪日をしたがるケースも多いという。どうやら、日本への訪問のチャンスは平等に与えられているわけではなく、例えば、前篇の注で記したギドロストロイ社のアレクサンドル・ヴェルホフスキーに代表される、島の有力者と関係がある者は優遇されやすいとも聞いた。
 このように日本側から見ると、ロシアからいいように利用されているようにも見えるビザなし交流であるが、筆者は決して無駄だとは思わない。まず、ビザなし交流に対する現地の人々の評判は極めて良かった。また、ロシア人の患者が、根室、中標津、札幌で治療を受けて来たこと、ロシア人医師が日本の病院で研修を受けたりしてロシア人医師の技術が上がっていることなども、高く評価、感謝されていた。ビザなし交流で、日本が北方領土に強い気持ちを持っていることを示しつつ、ロシア人と心を通わせていくことは、北方領土返還への扉を開け続けることになると思うのだ。
*1:米国やカナダなども国内時差があるが、国内にこれほど多くの時間帯を持つのはロシアだけである。なお、中国も大きな国だが、国内に時差はなく、これは政治的な思惑によるという。ウクライナ領であったクリミアが、ロシアに編入されるや、モスクワ時間に時間が変更されるなど、ロシアの国内時間にも政治的な思惑が見られる。
「日本は要らない」というメッセージ
 一方、日本とロシアが進めている共同経済活動には厳しい反応が目立った。北方領土の住民から共通して聞かれた反応が「共同経済活動は、やっても良いが、できなくても構わない。ロシア政府の下で北方領土は十分発展している。日本の支援は不要だ」というものであった。
 「日本は要らない」というメッセージは、北方領土で見せつけられた当地の発展からも突きつけられたと感じている。実際、現地の新聞社『ナ・ルーベジェ』編集長のキセリョフ氏(前篇参照)から、当局は、日本人が北方領土を見て「ひどい、かわいそうだ」と思われないように、気合いを入れて近代化をした成果を日本人に選りすぐって見せているのだという話を聞いた。
 実は、北方領土では自由に動くことはできず、目と鼻の先の距離でも必ず車で移動させられた。そのため、日本に北方領土を諦めさせるために「近代化した良いところ」だけを見せつけて、実は、見せられたところ以外はインフラ整備もままならず、惨状が広がっているのではないかという疑念も持たざるを得ない。それでも、これらの近代化が日本から北方領土が遠のいたというメッセージとして機能していることは間違いないと思う。
親日的だった色丹島、今はすっかりロシア化
 さらに、北方領土に複数回訪問している方の話では、これまで少なくとも色丹島は親日の雰囲気が強くあったが、色丹島もすっかりロシア化してしまったということである。
 ただ、色丹島については、1956年の日ソ共同宣言で平和条約締結後に歯舞群島・色丹島を日本へ引き渡すことが明記されていたこともあり、近年まで、日本に返還される可能性が島民の間でかなり現実的に考えられていたようである。例えば、2016年12月のプーチン大統領の訪日直前には、日本に返還されたら、日本から補償金がもらえる(その補償金の金額については人によってかなり幅があったという)という噂が広まっていたというが、同訪日で領土問題に動きがなかったことで、日本への返還についての話は一気に現実味を失ったという。とはいえ、現在ですら、島民の中には日本から補償金がくるかもしれないので、島から出たいがもう少し様子をみると話しているものもいるという。
 また、エリツィン時代には、ロシア側が北方領土返還をかなり現実的に考えていた様子も住民からの話から見えて来た。1994年10月の北海道東方沖地震は北方領土にも壊滅的な被害を与えたが、その際、ロシア政府は、本土に1260戸の住宅を確保し、被災者を住まわせたという。特に、当時のエリツィンの側近たちの中には、日本に歯舞、色丹を引き渡そうとしていたため、住民を本土に移住させることで、島を空っぽにして返還を容易にしようと考えていた者もいたという。しかし、移住に強制力はなく、住民は去らなかったのだという。
 実際に、地震の際に本土の住宅を政府からもらったという国後島生まれの女性の話も聞いた。その人によれば本土の至る所に住宅が準備されたが、特に多かったのがカリーニングラード、ボルゴグラード、沿海州などだったそうだ。彼女の家族はカリーニングラードとボルゴグラードの家をもらったが、ボルゴグラードにはしばらくいたものの、国後島に戻ったという。しかし、供与された家の返還義務はないので、カリーニングラードとボルゴグラードの二つの家を維持しつつ、休暇などに利用しているそうだ。エリツィン時代のことであり、かつロシア中枢の一部の人間の考えにすぎなかったとはいえ、2島返還の準備がエリツィン時代になされ、そのことを島民も理解していた事は興味深い事であろう。
 しかし、現在の色丹島には返還ムードは全くないといって良い。穴澗港に建設されている工場が象徴的だという事はすでに述べたが、今回の参加者から色丹島が日ソ共同宣言で日本への返還対象となっていることについての意見を求めたところ、色丹地区長・斜古丹村長 のセルゲイ・ウーソフ氏は、ビザなし交流における質問として適切ではないとしつつ、日本が北方領土を要求するなら、かつてアイヌはロシアに納税していたのだから、ロシアは北海道を返せとも言えるはずだと*2、強く反発して返還可能性を一蹴した。
 このようにかつては色丹島については返還ムードもあったにもかかわらず、現状では全ての国で返還ムードはほとんど消えてしまっていた。そもそも北方領土といっても、各島で性格が顕著に異なっており、それぞれの島に対して個別の理解、アプローチが必要なのだが、日本にとって望ましくない共通性が生まれてしまったのは残念なことである。
日本はどうすれば?
 このようにロシア側の北方領土返還に対するムードはかなり悪くなっていると言わざるを得ない。しかも、ロシア側は、日本が返還を諦めたとすら思っているようだ。今回の北方領土訪問中にも、「最近は日露首脳会談でも、両首脳はともに北方領土のことに触れず、経済の話だけをしていることからして、日本ももう返還してもらう気はないのだろう」というような発言を何度も聞いた。
 しかし、筆者は粘り強く返還要求を続けるべきだと考える。元島民やその子孫たちの人権、心情に最大限の配慮がなされるべきである。元島民の方々は、ロシア化の現状をとても辛く受け止めていらした。また、今回も国後島、色丹島で墓参を行うことができたが、元島民が墓参を気軽に行われる状況が最低でも構築されるべきである。
 また、日本は北方領土領域での漁業に毎年多額の入漁料を支払っている。特に昆布漁は根室から目と鼻の先の貝殻島周辺で行われるというのに、今年も9024万円を支払った。そして、支払っても、多くの制限が課され、漁船が拿捕されることも少なくない。さらに、北方領土領域で取れたカニ、ウニ、ホタテなどを極めて高値でロシアが売りつけてくると根室の水産業の肩が激しく憤っていらした。北方領土は日本固有の領土として、強く返還を主張して行くべきだと考える。
*2:確かに「千島アイヌ」はロシアに納税していたが、「北海道アイヌ」はしておらず、この発言にはなんら根拠がない。
まずは日本の技術協力が真に求められる分野で努力を
 とはいえ、領土問題を直球で投げても、ロシアは態度を硬化させるだけであり、やはり現状のようにまずは経済協力などから関係を深めていくのが現実的である。先述の通り、共同経済活動は「やってもやらなくてもいい」と言われてしまっているが、ロシア側が本当に求めている分野であれば、協力は可能であろうと考え、筆者は現地の人たちにヒアリングをし、どういう分野なら日本と協力をしたいのかという生の声を集めた。その結果、以下のものであれば、日本の技術協力を強く求めているということがわかった。
(1)ゴミ処理施設
現地ではゴミが一箇所に放置されているだけで、カラスが群がり、あちこちで自然発火していた。
(2)工場生産などでの新鮮な野菜の栽培技術
日揮がハバロフスクで行っている温室野菜栽培施設などを想定していると思われる。先述のように、現地ではかなり裕福な暮らしがなされているものの、新鮮な野菜や果物が買えないという。コストは厭わないので良い食べ物を入手したいという。
(3)小売販売網の整備
(2)に関わるが、小売販売網が整っていないため、良いものを買うためにはサハリンなどに買い出しに行かなければならない。
(4)医療の整備
病院の整備、医師の本土からの派遣により、随分と医療の質は良くなったが、日本に頻繁に患者が治療にきていることからもわかるように、やはりロシア極東や北方領土での医療は十分ではない。
 これら要望の多くは、8項目の経済協力プランにも含まれていることではあるが、特にこれら住民の要望が強い問題について積極的に実現を進め、現地住民の日本との協力への関心を喚起してゆくことが重要だと考える。
 北方領土の現状は、日本への返還を願う日本の立場からすれば決して喜ばしくはない。しかし、日本の大切な領土が荒れ果てたまま放置されていたとしたら、それは辛いことである。日本は現状をしっかり受け止め、日本国民の領土問題に対する意識を喚起しながら、国際的にも日本の立場をアピールしつつ、ロシアと経済協力を通じた信頼醸成、粘り強い政治交渉を行って行くべきだろう。
廣瀬陽子 (慶應義塾大学総合政策学部教授)
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180907-00010003-wedge-soci

ブラジル 新たな先住民族確認(音声)

2018-09-08 | 先住民族関連
毎日新聞 2018年9月7日
New drone shots show isolated tribe in Brazil   
RIO DE JANEIRO (AP) - New aerial images released on Aug. 21 gave a rare glimpse of an isolated tribe in Brazil's Amazon, showing 16 people walking through the jungle as well as a deforested area.
【毎日ウィークリー・トップページはこちら】
[本文全文‐122 words]
記事全文は「毎日ウィークリー」本紙に掲載しています。音声は全文を読み上げています。
https://mainichi.jp/weekly/articles/20180907/wek/00m/040/002000c

先住民迫害の過去から目をそらすアメリカは変わるのか

2018-09-08 | 先住民族関連
ニューズウィーク 2018年09月07日(金)17時10分

アメリカ先住民のアイデンティティーは個人によってさまざまだ(写真は17年にニューヨークで開催された祭り「Pow Wow」) Eduardo Munoz-REUTERS
<先住民のアイデンティティーの問題が現代のアメリカ社会の日常で語られることは少ない>
アメリカでは11月の第4木曜日に家族が集まって感謝祭(Thanks Giving)を祝う。そして小学生たちは、アメリカに入植した清教徒や先住民のインディアンの衣装を着てアメリカの感謝祭の歴史を学ぶ。
その歴史とはこういうものだ。イギリスでの宗教弾圧を逃れてマサチューセッツ州のプリマスに住み着いたピルグリム・ファーザーズが作物を栽培できずに飢えそうになっていたときに、その地の先住民であったワンパノアグ族(Wampanoag)が食物を分け与え、栽培の知識を与えた。そのために生き延びることができた入植者は、収穫が多かった翌年にワンパノアグを招いて宴会を行った。それが感謝祭の始まりだと言われている。
だが、初期の入植者とインディアンの関係は、小学生が学んだような心温まるストーリーではなかった。
免疫がないインディアンの多くが、入植者の持ち込んだ疫病で死んだが、それだけではない。白人の入植者らは、自分たちを救ってくれたワンパノアグ族の土地を奪い、女や子供を奴隷として売り飛ばした。そして、それに抗議した酋長を毒殺し、後続の酋長が抵抗の戦いを挑んたときにはワンパノアグ族を壊滅状態にした。勝利した白人入植者は酋長の頭を槍の上に刺して、見せしめとして飾った。このときに惨殺されたインディアンは他の部族も含めて約4000人と言われる。
その後も、白人たちはアメリカ全土でインディアンから土地を奪い、虐殺し、奴隷にし、作物が採れない場所に追いやったのだ。
感謝祭に七面鳥の丸焼きを食べながら家族団らんをするアメリカ人のほとんどが、この残酷な歴史を知らないか、無視している。先住民に対するアメリカの白人の態度は、おもに「過去のことにこだわっているから前に進めないのだ。さっさと忘れて、自分たちの暮らしを良くするために努力したらどうだ?」というものだ。
だが、現在のインディアンのコミュニティが貧困、アルコール依存症、家庭内暴力といった社会問題を抱えている根本的な原因は、この血みどろの歴史にあるのだ。それなのに、どうすれば忘れ去ることができるのか?
今作でデビューした作家トミー・オレンジ(Tommy Orange)の『There There』の根底には、その血みどろの歴史と行き場のない憤り、そして未来への迷いがある。
この小説には、カリフォルニア州オークランドに住むインディアンの血筋を引く者が多く登場する。
アルコール依存症の母から生まれた胎児性アルコール症候群の男、資金提供を受けてインディアンとしての体験談をフィルムにしようとする若者、母に連れられてインディアンによるアルカトラズ島占拠に参加させられた姉妹、大学でインディアン文学を専攻したが就職口がなくて母の家で引きこもりになっている男、16歳のときにレイプされて生まれた娘を養子に出した女性、裕福な白人家庭に引き取られたためにインディアンとしてのアイデンティティーを後に得た女性、子育てを放棄した姉の孫たちを育てる女性、祖母が隠していたインディアンの衣装を取り出して身につける孫など多様だ。一見、何の関係もないような人々だが、インディアンのお祭りであるPow Wowで劇的に繋がる。
タイトルになっている『There There』は、通常はがっかりしている人や泣いている人をなだめるためにかける言葉だ。日本語なら「よし、よし」という感じだろうか。ラジオヘッドの有名な曲「There There」を連想するかもしれない。
だが、この小説のタイトルは、作家で詩人のガートルード・スタインの『Everybody's Autobiography』からの有名な引用「there is no there there(そこには、「あそこ」がない)」から来ている。1880年代にカリフォルニア州オークランドで子供時代を過ごしたスタインは、1935年に45年ぶりに故郷を訪問した。だが、オークランド市はスタインの子供時代から10倍の大きさに成長しており、牛や馬がいた懐かしい「あそこ」の風景が消えていた。その切なさが、「there is no there there」という表現になったのだ。
作者のオレンジもオークランドに住んでいる。この地に住むインディアンは、インディアン保留地ではなく都市を選んだ者だ。だからといって、彼らのすべてが同じ理由でここに住んでいるわけではない。そして、インディアンというアイデンティティーに対する考え方も、プライドも異なる。
そもそも、「先住民」の呼称についても、一致してはいない。アメリカの白人は、ポリティカル・コレクトネスで「Native American(ネイティブ・アメリカン/アメリカ先住民)」と呼ぶが、自分たちをそう呼ぶインディアンなどいないとオレンジは書いている。彼らの間では、Nativeという呼び方が多いようだ。私の別の記事について「インディアンという呼び方はしてはならない」と忠告した日本人がいたが、Indianも彼ら自身が選んで使う呼称だし、公式文書にも使われている。尋ねる人によって、それぞれの呼称に対する考え方は異なるのだろう。
そういったことも含めて、この小説に描かれているインディアンの歴史や文化、生活を、アメリカに住む私たちはほとんど知らない。マジョリティの白人だけでなく、移民や黒人についての本は沢山あるのに、この国に最初から住んでいた生粋のアメリカ人を伝える本は少ないし、あまり読まれていない。
それを、オレンジのこの本は変えてくれそうだ。
この作品の根底には、「自分の国を奪われ、自分たちが先に住んでいたというのに、侵略者たちから異邦人のように扱われているインディアンたちが、どうやって民族の文化と歴史、そしてプライドを維持していけば良いのか?」という問いかけがある。
その問いに、私たちは答えることはできない。
けれども、内容を少し変えれば、これはどの民族や国民にとっても普遍的な問いかけになる。
民族、人種、宗教など、それぞれが持つ独自の歴史を、私たちは背負って生きている。その歴史が辛いものであっても、それが現在の自分を壊すものであっても、レガシーとして引き継ぐべきものなのか。それとも、切り捨てるべきなのか。誰もが迷いながら生きている。
私たちは誰もが、スタインが感じた切なくて苦いノスタルジアの「there there」を知っている。だからこそ、オレンジの本は、すべての読者に訴えかける力を持っている。
https://www.newsweekjapan.jp/watanabe/2018/09/post-51.php