先住民族関連ニュース

先住民族関連のニュース

人気司会者タオ・ジンインが先住民女性を蔑視?「留守の間に浮気」で謝罪―台湾

2012-05-04 | 先住民族関連
MSN エンターテイメント  2012年5月3日 18:46 (Record China)

 2012年5月2日、台湾の人気司会者でタレントのタオ・ジンイン(陶晶瑩)が、先住民族に対する差別発言を指摘されて謝罪した。聯合報が伝えた。
 タオ・ジンインは、多くのレギュラー番組を抱える台湾の女性トップ司会者。ゲストに大学生を集めた人気トークバラエティー「大学生了沒」でこのほど、台湾の先住民女性に対する差別発言があったとして、タオ・ジンインと製作局の中天電視(CtiTV)に対し、先住民族と一般視聴者から謝罪を求める声が高まっていた。
 問題の発言というのは、ゲストとして登場した先住民男性が「男が狩猟に出ている間、女は浮気する」と発したコメントを、ジンインらがさらに盛り上げたもの。2日、話題の舞台劇「陰道独白(ヴァギナ・モノローグス)」の発表会に登場したジンインは、「自分が彼に言わせたのではなく、ゲストにも発言権がある」とコメント。その上で、事前にゲストの発言についてチェックが行き届かなかったことを認めて謝罪し、「今後は慎重にチェック作業を行いたい」と語った。
 パンチの効いた毒舌が大きな魅力で、女性から圧倒的に支持されているが、それが災いしてか、これまで何度も失言騒動を繰り返している。今回の発言については、先住民の女性を蔑視したものでは決してないことを改めて強調していた。(翻訳・編集/Mathilda)
http://topics.jp.msn.com/entertainment/china/article.aspx?articleid=1010067

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【白老】アイヌ民族博物館 ソウルフレンドシップフェアに出演

2012-05-04 | アイヌ民族関連
(苫小牧民報 2012年 5/3)

 韓国の首都・ソウル市で5~6日に開かれる「ソウルフレンドシップフェア2012」(同市主催)に、北海道代表としてアイヌ民族博物館(白老町)の出演が決まった。町と合同による旅行会社への観光プロモーション活動も計画しており、日韓交流の「橋渡し役」として役割が期待されている。
 フェアはソウル市と海外の都市の文化を紹介することで、市民などの異文化理解を深める目的で開かれており、同館の参加は2年ぶり2回目。ソウル市と友好都市協定を結ぶ道から派遣要請を受けた。
 現地では前回と同様、メーン会場のステージでアイヌ古式舞踊を披露する予定。また、戸田安彦町長、山本浩平町議会議長も同行し、国内の大手旅行業3社へトップセールスも展開する。
http://www.tomamin.co.jp/2012s/s12050302.html

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

登別・銀のしずく記念館で知里幸恵の新資料を展示

2012-05-04 | アイヌ民族関連
【室蘭民報 2012年5月3日(木)朝刊】

 登別出身で「アイヌ神謡集」を民族の手で初めて著した知里幸恵(1903~22年)の新資料が見つかった。題名は「アイヌ傳説集」。カムイユーカラ(神謡)11編が日本語で50ページにわたり記載されている。登別市登別本町の「知里幸恵 銀のしずく記念館」で展示されており、横山むつみ館長は「神謡集誕生に関わる資料として大変貴重」と喜んでいる。
 今年1月、「傳説集」のほか幸恵直筆ノート2冊(B5判)、アイヌ語学者・金田一京助が記したノート2冊(B5判)の資料5点が東京から匿名で記念館に届いた。
 アイヌ傳説集は原稿用紙(縦18・2センチ、横13センチ、200字詰め)に幸恵の直筆で記されている。執筆年月日は不明だが、「幸恵が東京にいる時代」と思われるという。
 「シロカニペ ランラン ピシカン(銀のしずく降る降るまわりに)」が記されており、同館の青柳文吉学芸員は「アイヌ神謡集を構想する過程で書かれたものでは」と話し、横山館長は「神謡集以外の本を出版する予定だったのかも知れない」と推測する。
 幸恵直筆ノートは日高地方のアイヌの人たちが金田一を訪ねた時に謡ったユーカラを、幸恵が一週間かけローマ字筆記した原本。現在同館には複製が展示されており、今後入れ替える予定だ。
 金田一筆記ノートは「幸恵聞記」「大正十一年 幸恵」との表題が付けられている。約20ページにわたり幸恵からユーカラやアイヌ語を聞き取った内容がつづられているのが特徴。「幸恵の肉声を文字で記録した珍しい資料」(同記念館)。幸恵が東京で金田一とともに暮らしていた1922年5月から亡くなる9月ごろまでに書かれた資料という。
 横山館長は「記念館としての骨格がしっかりしてきた。幸恵が短い東京での生活と業績を知ることができる。貴重な原本を見ていただければうれしい」と来館を呼び掛けている。
 同記念館2階特別スペースで展示している。14日まで。その後は研究者とともに解読を進める。
(粟田純樹)
http://www.muromin.mnw.jp/murominn-web/back/2012/05/03/20120503m_05.html

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする