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貧困層の住生活を破壊しかねない「簡易個室」公認が急がれる理由

2018-11-10 11:18:17 | Weblog

            貧困層の住生活を破壊しかねない 

            「簡易個室」公認が急がれる理由 

貧困層の住生活を破壊しかねない「簡易個室」公認が急がれる理由
https://diamond.jp/articles/-/184844

 日本社会の将来に大きな火種を仕込むかもしれないものの、まったく注目されていない厚労省の検討会
がある。そこでは、「簡易個室」が無料低額宿泊所の「個室」として公認されそうな気配なのだ

「簡易個室」の公認が激変させる 人生100年時代のイメージ

 生活保護に関する現在進行形の最大の課題は、2018年10月1日に施行されたばかりの改正生活保護法、
そして生活保護世帯の70%に対する保護費引き下げだろう。それらの影響が少しずつ現れ始めたばかりの
11月5日、厚労省は「社会福祉住居施設及び生活保護受給者の日常生活支援の在り方に関する検討会」を
開始した。

「社会福祉住居施設」とは、いわゆる無料低額宿泊所のことだ。厚労省の資料には、「社会福
祉住居施設(無料低額宿泊所)」と表記されている。無料低額宿泊所は、住居がない人々の一時的な住居
だったのだが、近年は事実上の「定住」に近い使用形態が多い。

 検討会は、この現実を踏まえて開催されているのだが、特に注目されていない。目的は、今年6月に再
改正された生活保護法や関連法案を施行するための厚労省令・施行規則・通知・通達などを定めることで
ある。一見、法改正のような大きな影響力はなさそうだ。

 そのせいか、傍聴席には空席が目立った。メディア関係者の姿が若干は見られたものの、11月8日現
在、全く報道されていない。しかし、この検討会は、日本社会の将来に大きな火種を仕込むかもしれな
い。その火種とは、国交省が定めた日本の「住」の最低基準以下の「住」の公認だ。具体的には、薄い間
仕切り壁で隣のスペースと不完全にしか区切られていない「簡易個室」が、無料低額宿泊所の「個室」と
して公認されてしまう可能性があるのだ。

 無料低額宿泊所は、福祉事務所の「措置」によって入所する施設だ。本人の同意は必要とされるが、雪
の日に無一文で福祉事務所を訪れて、職員に「そこがイヤなら、今晩、寝泊まりできるところはありませ
んよ」と言われたら、同意するしかないだろう。そのような成り行きで、無料低額宿泊所の「簡易個室」
という名の「なんちゃって個室」で生活保護を利用し始めたら、転居できないまま、結局はそこが「終の
棲家」になってしまうかもしれない。すると、「人生100年時代」のイメージは、全く異なるものになる
はずだ。

 私は正直なところ、大きな危機感を抱いている。

行き場のない人々の「終の棲家」辿りついた住居に命を奪われる

 この検討会の背景の1つは、困窮の果てにたどり着いた住処によって生命を奪われてしまう事例の数々
だ。
 2009年、群馬県渋川市の高齢者入所施設「たまゆら」で火災が発生し、高齢者10名が死亡した。死亡し
た10名のうち6名は、東京都で生活保護を利用していたが、都内の施設に空きがないため群馬県の施設に
入所していた。他県の施設も利用するしかないほど、東京都の高齢化問題が深刻化していることは、火災
とともに世の中を驚かせた。

 その後も、同様の施設火災は相次いでいる。2015年5月、川崎市の簡易宿泊所で火災が発生し、10名が
死亡した。2018年1月には、札幌市東区の共同住宅で火災が発生し、11名が死亡した。いずれのケースに
おいても、建物が違法改築された結果として火災に弱い構造となっていたり、防火対策に不備があったり
した。

 入居者や死亡者の多くは、生活保護で暮らす高齢者や障害者など、通常の賃貸住宅に受け入れられにく
い人々であった。無料低額宿泊所は、あくまで住居がない人々の一時的な住居だ。しかし、障害や疾患や
多様な困難を抱えている人々は、「通常の民間アパートで暮らしたい」と望んでも受け入れられにくい。
その場合、無料低額宿泊所に年単位で居住し、そこを実質的に定住先や「終の棲家」とすることになる。
 この現実を踏まえ、「無料低額宿泊所」という制度を基盤として、インフォーマルなサポートを含む多
様な支援を提供している事業者もいる。2018年1月の札幌市の共同住宅も、そのような居住の場だった。
「そこしか行き場がない」という人々が、その住まいに生命を奪われるのは、あまりにも残酷すぎる。何
らかの対策が必要なのは間違いない。とはいえ、「スプリンクラーさえあれば」という単純な問題ではな
い。

スプリンクラーは火とともに 住環境改善の機運を消すかもしれない

 スプリンクラーの最大の問題点は、設置コスト(最低で400万円程度)だ。そして、設置コストが多大
であるにもかかわらず、万能の防火対策にはなり得ず、避難までの時間稼ぎが精一杯だ。

 生活困窮者支援で長年の実績を持つ稲葉剛氏(立教大学特任准教授)が代表理事を務める「一般社会法
人つくろい東京ファンド」では、東京都中野区に2014年に設置した個室シェルター「つくろいハウス」を
皮切りに、新宿区・墨田区・豊島区で個室シェルターやシェアハウスを運営している。それぞれの規模は
2室~7室と極めて小規模であり、「施設らしさ」はなく、通常の民営賃貸住宅に限りなく近い。それが特
徴だ。

 しかし、それらの施設すべてにスプリンクラーを設置すれば、数千万円単位の費用が必要になるだろ
う。将来にわたる維持・管理・老朽化した場合の交換コストを考えると、設置時に助成金があったとして
も、「つくろい東京ファンド」にとって重すぎる負担であることは確かだ。

 費用が低く、費用対効果が高く、継続性を期待しやすい防火対策は、数多く存在する。消火器の設置、
初期消火や避難判断の訓練、避難経路の確保や避難訓練、壁やカーテンなどの難燃化、暖房や調理の可能
な限りの電化など、どの世帯でも実行できそうな「ソフト」や「チリツモ」の数々だ。それらが全世帯の
「当たり前」になれば、地域全体が火災に強くなる。

 すべての住民を対象としたそれらの施策の一環として、「貧」や「困」を抱えた人々の暮らしの場には
たとえば80%以上の実行を要求し、実行の様子を随時チェックすれば、万全ではなくとも十分だろう。
 しかし2015年の消防法改正で、高齢者や障害者を対象とした福祉施設に対し、小規模であってもスプリ
ンクラーの設置義務が定められ、今年4月から義務化された。既存の施設にとっても、費用負担が問題と
なり、設置率は100%に達していない。また今後は、新規に小規模施設を開設したい当事者や支援者を断
念に追い込む要因となりかねない。

 本記事で紹介している厚労省の検討会の対象は、「社会福祉住居施設(無料低額宿泊所)」だが、現在
のところ、スプリンクラーは議題として浮上していない。しかし、焦点の1つであることは間違いない。
高齢者施設・障害者施設で起こったこと、起こり得ることは、無料低額宿泊所でも起こり得る。

貧困ビジネスを排除しようとして 良質な暮らしが排除される不安

 無料低額宿泊所は、本来、一時的な宿泊施設だったが、他に行き場がない人々の定住の場や「終の棲
家」になっている現実がある。いずれにしても、高齢期を迎えた人々、あるいは日本の「普通」から漏れ
てしまった人々の相当数は、無料低額宿泊所を定住の場とせざるを得ない。この現実は、もはや認めるし
かないかもしれない。

 「貧」と「困」を抱えた人々の自己決定と尊厳を最後の日までサポートしている良心的な施設を応援す
る制度の整備、「貧困ビジネス」を退場させる制度の整備は、自分や家族が「もしかしたらお世話になる
かも」という観点からも、歓迎したい。

 この6月、生活保護法の再改正と同時に改正された関連法案は、無料低額宿泊所に対する規制強化と、
単独での居住が困難な人々への日常生活支援を「良質な」無料低額宿泊所で行うことを規定した。「法律
がやっと現実に追いついた」とも「それしかなかった状況が解決されないまま、既成事実がついに公認さ
れてしまった」とも言える。

 では、「良質な」無料低額宿泊所とは何だろうか。2015年のガイドラインで、面積や設備による基準は
「原則として個室」「面積は4畳半以上(特別な事情がある場合には3畳)」と定められている。では、こ
のガイドライン以前に設置された、2.9畳相当の個室と、良質な人的サービスを提供している無料低額宿
泊所は、「良質」ではなく劣悪なのだろうか。

 検討会では、構成員の1人である滝脇憲氏(NPO法人自立支援センターふるさとの会 常務理事)が、山
谷地域を含む東京都台東区で、1990年以来(NPO法人化は1999年)ずっと「行政とともに考えながらつ
くってきた」施設やサービスの数々を紹介した。また、2009年の「たまゆら」火災で暮らしの場を失った
高齢者も受け入れていること、認知症の入居者が地域で草取りなどの役割を担いつつ住民との交流を深め
てきたエピソードについても述べた。そして「面積基準は大切ですけど、長年のその人の暮らしや積み上
げより尊いのでしょうか」と問題提起した。

 「ふるさとの会」の自立援助ホームは、ガイドラインがなかった時期から個室だった。しかし現在の
「3畳」という最低基準に対しては、1平方メートル、1辺が約32cmの正方形1個分だけ不足している。「認
知症でも、がんでも、お金なくても、地域で最後まで暮らせることを証明してきたつもり」という滝脇氏
は、「もちろん最低基準は重要」としつつも、「今暮らしている人の居場所が奪われないような方策のた
めに、知恵を出し合ってほしい」と発言を結んだ。

 「貧困ビジネス」対策は必要だろう。しかしそれが、良質でありながらも厚労省の想定と少しだけズレ
ている既存の事業者を壊滅させてよいのだろうか。過去になかった何かをつくろうとする若者の試みを、
アイデア段階で萎縮させていいのだろうか。私の思い過ごしならいいのだが、過去の経緯を見る限り、現
実になる可能性の根拠が多すぎる。

 そして、厚労省資料にある「簡易個室」という用語が、私のそういう危機感に、ダメ押しの一撃を加え
る。

「簡易個室」の公認は 日本の「住」を破壊しかねない

 無料低額宿泊所の「簡易個室」は、現在のところ公認された存在ではない。厚労省資料には、「多人数
居室、一つの個室をベニヤ板等で区切ったいわゆる『簡易個室』も一定数存在する」という形で登場して
いる。

 無料低額宿泊所には、相部屋の多人数居室もあるのだが、2015年のガイドラインは「居室は個室」を原
則としている。相部屋は今後、存在自体が認められなくなる可能性が高い。しかし、「簡易個室」が公認
されると、相部屋に間仕切り壁を設置して「簡易個室」にすれば、面積等の基準さえ満たしていれば、現
在も相部屋のままである劣悪な無料低額宿泊所が今後も生き残れることになる。もちろん、現在の「簡易
個室」は、そのまま生き残れる。そして、「簡易個室」を認めない意思は、厚労省資料からは読み取れな
い。

 視点を変えて、自治体や福祉事務所の立場から無料低額宿泊所を眺めてみよう。一応は個室だがプライ
バシーはない「簡易個室」が数十室あり、管理人が常駐して入所者を監視・管理している施設は、むしろ
望ましいものかもしれない。さらにスプリンクラーなどの防火施設が設置されていれば、理想的だ。

 「簡易個室」の入居者多数を管理人が管理している施設では、防火対策が充分ならば、火災などの事故
が発生するリスクは低い。トラブルを起こしやすい入所者に対し、管理人の自己判断、あるいは本人の形
式的な合意のもと、自由を奪ったり金銭を使用させなくしたりすることも期待できる。多くのトラブル
は、事前に回避されるだろう。何かトラブルがあっても、ほぼ行政の責任は問われない。そして、そこに
生活保護受給者が30名入居しているのであれば、1回訪問すれば30名の安否確認ができる。訪問調査の手
間暇も節約できることになる。

 自治体や福祉事務所が、当事者の生活の質や幸福感に高い関心を寄せていれば、「そんな施設なら、制
度利用者さんを入所させるとしても一時的に」と考えるだろう。しかし、当事者自身の生活や幸福に関心
がない自治体や福祉事務所から見れば、「これこそ施設の理想」ということになる。

結論を急ぐ厚労省にとって 理想の住居対策なのか

 そして厚労省はなぜか、結論を急いでいるようだ。今後の開催予定によれば、社会福祉住居施設(無料
低額宿泊所)のハード面についての議論は、12月17日に開催される第2回で終了するようだ。2019年1月に
開催される第3回に一部が持ち越される可能性はあるが、スケジュールを見ると、厚労省は2019年3月から
省令案の作成に入る。逆算すると、間仕切り壁による「なんちゃって個室」、すなわち「簡易個室」が許
容されるかどうかは12月17日までに、遅くとも2019年1月に決定する。

 日本の「住」の最低限度については、国交省の「最低居住面積水準」がすでにある。単身者で「居室は
4畳半で浴室・トイレ・収納がある1K」というイメージだ。それ以下の「住」を厚労省が公認すること
は、日本のあらゆる側面に破壊的な影響を及ぼしかねない。
 どうかご一緒に「ガクガクブルブル」と、成り行きを見守っていただきたい。

●参考
厚労省:社会福祉住居施設及び生活保護受給者の日常生活支援の在り方に関する検討会
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-syakai_390337_00001.html
ダイヤモンド・オンライン『生活保護のリアル~私たちの明日は?』 川崎・簡易宿泊所火災を引き起こ
した貧困の深層
https://diamond.jp/articles/-/72317

(フリーランスライター みわよしこ)