くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「太宰治の辞書」北村薫

2015-07-26 09:42:34 | 文芸・エンターテイメント
 わたしも日本文学科で学んだ一人ですから、この小説の豊かなスリリングさに心躍ります。「太宰治の辞書」(新潮社)。
 北村さんの懐かしいシリーズ主人公「わたし」は、出版社で実力のある編集者になっており、旦那さんと中学生の息子と暮らしている! 確かに、「朝霧」からそのくらいの時間が過ぎているのですね。不思議な感覚でした。
 正ちゃんは高校の先生になっていて、円紫さんは円熟の芸を披露してくれます。こうやって読んでみると、時の流れがあってもお互いの精神的な結びつきが変わらないのは安心しますね。
 
 「わたし」は、太宰の作品「女生徒」の原作となった日記があることを知ります。その日記が復刻されたものを読むと、自分が心惹かれた「ロココ料理」は、太宰の創作であることがわかる。なぜ、彼はこのような試みを行ったのか。そして、彼が考える「ロココ」とは、どういうニュアンスがあるのか。
 このストーリー設定、わたしとしては、北村さんはやっぱり国語の教師なのだよなあ、と感慨を受けました。
 例えば、太宰の原作つき作品といえば、「走れメロス」が挙げられると思います。原作との比較で、作者がどのような意図をもって書きかえたのかを検証する。授業として提示することで新しい気づきがあるものです。作品分析の仕方としても参考になりますね。
 何よりも、北村さんはこの発見を論文ではなく小説という形で書いてくださるのが楽しい。
 芥川とか三島についての考察もわくわくします。
 ところで「生まれて墨ませんべい」が取り上げられていますが、斜陽館ではかつて斜めに切った羊羹(斜ようかん)を売っていましたよ! わたしが高校生のころですから、かれこれ二十年以上前ですが。今はないのかしら。