くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「かってまま」諸田玲子

2010-07-31 06:04:26 | 時代小説
諸田玲子さんの本、初挑戦です。「かってまま」(文藝春秋)。わたしの読んだのは単行本ですが、文庫の装丁がすごくよくて、興味をもったのがきっかけです。
おそらく諸田さんは、作中に出てくる「お染久松色読販(うきなのよみうり)」を発想の起点にしているのでしょう。役者の七変化は、各短編が七つであることに対応しています。
おさいという女の人生を縦軸に、その時々に関わった周辺の人々を描く連作です。
おさいのさいは、「賽子のさい、采配のさい、宰領のさい、決裁のさい、幸先のさい」で、母は旗本の娘・奈美江、父は正行寺の僧・願哲です。養父母に育てられたおさいは、放浪しながらも持ち前の才覚で周囲によい影響を与えて、静かに姿を消します。
わたしが好きなのは、思い合った幼なじみでありながらすれ違ってきた女掏摸のおせきと利平親分の物語「とうへんぼく」。それから、亭主との関わりを見つめ直すおらくが主人公の「かってまま」、そして、鬼門の喜兵衛の娘である『みょう』と、仇討ちを決意した願哲の思いを描く「みょうちき」です。
この三作はおさいの娘時代の話にあたり、苦難の道を歩きながら成長していく姿が描かれます。このあたりを読んでいると、おさいの人生に重なるようにして、奈美江と願哲のその後が浮かびあがるのです。
願哲はなぜ佐渡に送られ、島抜けをしてまで戻ってきたのか。冒頭で登場した奈美江が、どういう生き方をすることになったのか。
お嬢さんとしての、鷹揚でときに人の神経に障るような言動を見せた奈美江。縁談が決まりながらも願哲の子を宿し、父の計らいで出産。養父母に預けて嫁いだものの、思いを消しがたく火事に乗じて出奔。立ちいかなくなった二人が頼ったのは、願哲の兄・喜兵衛だったが……。
やがて願哲と引き裂かれた奈美江は、名を変えて盗賊の引き込み役になり、首領の娘を産みます。これが、みょうです。おさいは、自分の妹にあたるみょうを連れて逃げようとしますが、ある理由から姿を消されてしまい、その後苦界に身を沈めた妹を救うために引き手茶屋を営みます。
そして、おさいは待っていたのです。ある人物が訪ねてくるのを。
奈美江が遺した珊瑚の簪が、各話をつなぐ糸になっていることが効果的でした。
おさいは、世話になった人たちの縁をつないでいきますが、自分自身は恋とは無縁の場所で生きていたように思います。時々に情を感じる人はいたのでしょうが。(「けれん」の鶴屋南北のように)
おさいと関わる人々は、ほんの短い間ながらも忘れられない出会いをしたと思ったのではないでしょうか。南北はその思い出を「土手のお六」として描き、再会を期待します。そして、片腕を失ったある人物も、おさいに会いにくるのです。
仇討ち。おさいの選んだ道。なにもかも捨てて姿を消す潔さを生きてきたおさい。最後に、ただ一人だけともに生きていく道連れがいることが示されます。二人で穏やかな暮らしを送ることが、おさいのしあわせなのでしょうね。