くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「潮風に流れる歌」関口尚

2010-05-21 05:20:19 | 文芸・エンターテイメント
さすがです関口尚! すごいおもしろかった。「潮風に流れる歌」(徳間書店)。
装丁もいい。構成もいい。買っておけばよかった、と思いました。
湘南にある団地で暮らす律(通称「リッツ」)を中心に、美少女だけど何か秘密があるらしい鈴本楓、彼女をライバル視する美玲、その彼氏真悟、クラスの権力者柳戸の兄という登場人物の視点で語られる物語。
エキセントリックな美玲に辟易したりもしますが、まあ、それはそれでおもしろい。
なにしろ主人公が「律」ですからね、脳内イメージは今市子さんの流麗な絵で展開しました。
なんといっても、わたしは真悟が好きです。いいなあ! こんなに美玲に振り回されて、わたしだったらうんざりだよ、というところですが、別れてからもなんだか優しい。懐が深いよね。
律の普通の男の子ぶりもいい。とても魅力的です。
でもね、学校裏サイト「トリプレア」で、彼らは糾弾されてしまうのです。楓は行事計画をたてるときに帰りたがったとして(実は美玲に嫌われたせいでもあるのですが)。律はクラスで浮いた存在になりつつあった楓を庇ったとして暴言を連ねられている。そんな律に声をかけるのは、ラグビーに夢中でサイトを見る気がない真悟だけ。
でも、そんな真悟に美玲はわがままをぶつけて、結局寂しいという理由で浮気します。さらに、真悟の中傷を書き込み、やがて自作自演であることが悟られて、窮地に追い込まれる。
四人は、「トリプレア」の管理人と対峙することになりますが……。
楓の「秘密」は、弟の比呂人。最初の話で彼の看護をしたいために早く帰ることがわかります。交通事故にあって、意識が戻らないのです。
このくだりは非常に小説的な展開ですが、そこがまたいいような気がします。
なによりも、一話一話が「短編」としても引き締まっている。全体を見れば、多視点で展開される長編小説なのですが、この物語のどこか一つのパートが、アンソロジーに収録されていてもおかしくないように思うのです。
物語の背後に、もちろん現実のものではないのですが、「白い歌姫」のバラードが静かに流れているように感じました。