くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「10歳の放浪記」上條さなえ

2009-07-28 05:26:45 | YA・児童書
わずか十歳の少女早苗。父は酒を飲むと暴力を振るい、母はそんな夫を学歴がないと見下しています。父親の違う兄と姉、唯一の心の支えは友だちのかおりちゃん。
上條さなえ「10歳の放浪記」(講談社)は、そんな少女が父親とともに池袋のドヤ街でその日暮らしをした頃の記録です。作者にとっては自伝的な作品ですね。続編の「かなしみの詩」は既読なので、この後どういう展開になるのかはわかっていたものの、それでもいいのです。
今回印象に残ったのは、母親が常に後悔しながら生きていること。地主であった自分の父が生きていたら。東大卒の最初の夫が戦死しなければ。そして、現在の夫を見下しながら生活している。むー。
それでも父親は、そんな妻のことが好きらしいのですが、お酒が入ると人が変わってしまいます。さらに、喧嘩をしても口ではかなわず、その口調の中に自分への侮蔑が混じることに我慢ができないようです。
父親が違う兄は祖父母の家に引き取らせ、姉は一緒に食事を取らせないほどの待遇でありながら、人に騙されて住むところがなくなり、所持金にも苦労すると会社を訪ねていく始末。
堕落、という言葉が思い出されます。もともとは商才のある男性だったそうです。戦争未亡人だった女性と知り合い、妻がいながら彼女と結婚したいと考える。しかし思ったような生活ではなく……。家を失い、娘とホームレスのような暮らしをしながら、酒の量は増えギャンブルに救いを求める父親。
生活のために早苗はパチンコ屋に通います。知り合いになったヤクザが、早苗を救おうと父親を呼び出してくれたり……。
この作品の中で繰り返されるかおりちゃんのことば。
「子どもって、かなしいよね。大人に決められたら逆らえないし、どんなにいやなことだって、がまんしなくちゃならないんだもん」
早苗にとってかおりちゃんは幸せの規準でもあります。親と一緒に暮らせる幸せ。どんなに不幸な生活になっても、きっとかおりちゃんは自分よりは幸せだと言うに違いないと早苗は考えます。
でも。
父親とすら暮らせないときがやってきます。このエンディングは続編につながるシーンですね。
あとがきにはその後の人生が走馬灯のように描かれます。駅で友人だった江森くんに声をかけられる場面が印象的。
とにかく、読んでよかった本です。続編では啄木の短歌に救いを見出だした早苗は、この時期映画に心引かれたのだとか。
マティーニを飲んでみたいから、父親に死のうか……と言われて断るというエピソードが、ふるってますよね。