伊藤ファミリーBLOG

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【COGHCC聖書通読】 2016/06/02

2016-06-02 07:42:05 | 一日一章・聖書通読日記
レビ記 3:1
「もし彼の供え物が酬恩祭の犠牲であって、牛をささげるのであれば、雌雄いずれであっても、全きものを主の前にささげなければならない。」

酬恩祭は神様の恵みに感謝して主と親しく交わりを持つための犠牲です。後の章に詳しく出てきますが、動物の犠牲のうち脂肪と内臓は主に捧げ、胸と腿の肉は祭司たちが、残りの肉は捧げた者が食べて、主の御前で食事をして交流を深める礼拝の形です。今でも誰かと食事を共にすることは楽しい交わりのひとときですが、それを神様に対しても行うのです。

汚れた罪人に過ぎない私たちが、いと聖なる神様と親しく交わりを持つことができるとは、何たる恵みでしょうか。それができるのは、燔祭によって罪赦され、主の御前にきよめられた者の特権です。イエス様の十字架を信じて罪赦された私たちもまた、神様の御前にきよめられた者として同じように神様との親しい交わりの関係を持つことができますから、感謝してその恵みに与りたいと願います。

http://bible.com/81/lev.3.1.ja1955

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レビ記 3:3-5
「彼はまたその酬恩祭の犠牲のうちから火祭を主にささげなければならない。すなわち内臓をおおう脂肪と、内臓の上のすべての脂肪、 二つの腎臓とその上の腰のあたりにある脂肪、ならびに腎臓と共にとられる肝臓の上の小葉である。 そしてアロンの子たちは祭壇の上で、火の上のたきぎの上に置いた燔祭の上で、これを焼かなければならない。これは火祭であって、主にささげる香ばしいかおりである。」

先ほども説明しましたが、酬恩祭を捧げるときには脂肪と内臓は祭壇の上で火に焼いて、芳しい香りとして主に捧げました。ここで注意すべき点は「燔祭の上で焼く」と記されていることです。燔祭は私たちの罪を赦していただくために捧げる、酬恩祭とは別の捧げものです。酬恩祭は燔祭の上に成り立つ、すなわち罪の赦しときよめがなければ神様との親しい交わりはないことを意味します。

私たちが礼拝を捧げるとき、罪を放置したままの状態で神様に近付いてはいないでしょうか。そのような礼拝は神様は決して喜ばれず、主と親しく交わることはできません。まず罪を悔い改めて、主の十字架の血潮により赦され、心の底からきよめていただき、その上で感謝の捧げものを御前に供えて、神様との親しい交わりを持つ私たちでありますように。

http://bible.com/81/lev.3.3-5.ja1955

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レビ記 3:6, 12-13
「もし彼の供え物が主にささげる酬恩祭の犠牲で、それが羊であるならば、雌雄いずれであっても、全きものをささげなければならない。

もし彼の供え物が、やぎであるならば、それを主の前に連れてきて、 その頭に手を置き、それを会見の幕屋の前で、ほふらなければならない。そしてアロンの子たちは、その血を祭壇の周囲に注ぎかけなければならない。」

酬恩祭の捧げものは、全きものであれば牛だけではなく羊でも山羊でもよく、また雄でも雌でも受け入れられました。感謝の捧げものは、完全な心で捧げるものであれば、すべて神様は受け入れてくださり、親しく交わりを持ってくださいます。私たちの状況や賜物に応じた様々な捧げものを喜んでくださる主に感謝し、心の底から主を喜んで、全き心で、自分の持てる最高の捧げものを御前に差し出す私たちでありますように。

http://bible.com/81/lev.3.6,12-13.ja1955

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レビ記 3:16-17
「『祭司はこれを祭壇の上で焼かなければならない。これは火祭としてささげる食物であって、香ばしいかおりである。脂肪はみな主に帰すべきものである。 あなたがたは脂肪と血とをいっさい食べてはならない。これはあなたがたが、すべてその住む所で、代々守るべき永久の定めである』」。

酬恩祭の捧げものは神様と祭司たち、そして捧げた者が食べましたが、そのうち主に捧げる脂肪と血は、人はいっさい食べてはならないものと定められました。なぜなら血はいのちを表し、脂肪は捧げものの中の最も良いものを意味するからです。私たちのいのちと、私たちの中の最高級の部分は、私たちのものではなく主のものです。

私たちが神様の御前に捧げものをするとき、いのちをも差し出す覚悟で、私たちの持てる最も良いものを捧げているでしょうか。もし適当な心で、余り物の中から捧げているようでは、神様は喜ばれるでしょうか。礼拝に臨む姿勢も、捧げものも、全身全霊を傾けて、最も良いもの捧げる心構えを、私たちは決して忘れてはなりません。

http://bible.com/81/lev.3.16-17.ja1955
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【今日の聖句】 2016/06/02

2016-06-02 06:45:31 | 今日の聖句
ヨハネによる福音書 13:34-35
「わたしは、新しいいましめをあなたがたに与える、互に愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。 互に愛し合うならば、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての者が認めるであろう」。

クリスチャンとはキリストに倣う者との意味です。イエス様が十字架にいのちを捧げるほどにすべての人を愛されたように、私たちもまた互いに愛し合うことを通して神の愛を証し、誰の目から見てもキリストの弟子に相応しい者とならせていただきたいと願います。

http://bible.com/81/jhn.13.34-35.ja1955
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