伊藤ファミリーBLOG

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【COGHCC聖書通読】 2016/04/08

2016-04-08 08:34:38 | 一日一章・聖書通読日記
創世記 38:1-2
「そのころユダは兄弟たちを離れて下り、アドラムびとで、名をヒラという者の所へ行った。 ユダはその所で、名をシュアというカナンびとの娘を見て、これをめとり、その所にはいった。」

弟ヨセフをミデアン人の隊商に売り渡したユダは、父ヤコブの家を離れてカナン人のもとに赴きます。おそらくヨセフのことで兄弟たちから責められ、居づらくなったのでしょう。そして神様から、この地の人々と交わってはならないと堅く禁じられていたのに、カナン人の妻を迎え、子をもうけます。一つの罪が次の罪を生み出し、罪の連鎖が始まりました。

人は過ちを犯しやすい生き物ですが、私たちは罪とどのように向き合えばよいのでしょうか。過ぎてしまったこととして水に流すことも、自暴自棄になることも、罪との向き合い方としては間違っています。罪は罪としてきちんと精算する必要があります。そのために私たちには主イエス様の十字架の赦しの御業がありますから感謝します。罪を罪として認め、心から悔い改め、二度と罪を犯さないようにきよい生活を保つことが肝要です。

http://bible.com/81/gen.38.1-2.ja1955

*****

創世記 38:25-26
『彼女は引き出された時、そのしゅうとに人をつかわして言った、「わたしはこれをもっている人によって、みごもりました」。彼女はまた言った、「どうか、この印と、紐と、つえとはだれのものか、見定めてください」。 ユダはこれを見定めて言った、「彼女はわたしよりも正しい。わたしが彼女をわが子シラに与えなかったためである」。彼は再び彼女を知らなかった。』

罪の連鎖に陥ったユダは、更に深い罪の淵へと堕ちて行きます。まことの神様を信じないカナンの人々と、その土地の風習に完全に同化したユダは、ついに自分の息子の嫁と交わってしまうほどの罪を犯してしまいます。神様の御言葉が記された聖書に、どうしてこのようなドロドロの人間模様が記されているのか理解に苦しむところがありますが、神様から離れ、自分の好き勝手に生きる人間がどのような道を辿るのか、私たちはこれらの出来事を反面教師として学ばなければなりません。

しかしユダはタマルの告発によって、自分の過ちにようやく気付きます。そして「彼は再び彼女を知らなかった」というのは、罪の悔い改めと信仰の回復を示唆します。私たちもまた自分の罪に気付いたとき、直ちに悔い改めることが必要です。悔い改めに遅過ぎることはありません。心の底から悔い改め、罪の生活と決別するならば、神様は私たちの失敗をも最善に導いてくださり、私たちの人生を必ず回復させてくださいます。

http://bible.com/81/gen.38.25-26.ja1955
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【今日の聖句】 2016/04/08

2016-04-08 07:28:55 | 今日の聖句
ローマ人への手紙 8:1-2
「こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。 なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則は、罪と死との法則からあなたを解放したからである。」

もしイエス様の十字架を知らなければ、私たち自身の罪の故に死を免れることはできません。しかし神様は私たちの身代わりにイエス様を十字架に架けて罪を裁き、私たちは罪赦されて新しいいのちに生きる者とされました。このイエス様のいのちの法則の中に留まり、罪と死から解放される私たちでありますように。

http://bible.com/81/rom.8.1-2.ja1955
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