一原堂便り

こちらは、一原堂・朝倉同窓会です♪

神田さち子さん(高14)おめでとうございます

2017-11-01 | 朝高人脈

一人芝居 「帰ってきたおばあさん」(終戦後、重なる不運で中国から帰国することができなかった残留婦人の波乱万丈の半生を描く、実話をもとに作られたお芝居)を21年間上演してこられた 神田さち子さん(高14)が、「澄和フューチャリスト賞」を受賞されたのでご紹介いたします。

~~~平成29年10月28日(土) 毎日新聞より~~~

澄和Futurist賞~平和、人・自然  なごむ世界へ~

 一般財団法人澄和は27日、自然と調和し、和む世界を目指す財団の理念に沿い、第2回「澄和Futurist(フューチャリスト)賞」(毎日新聞社後援)の表彰式を東京都内で開いた。受賞したのは、「男はつらいよ」シリーズなど国民的人気作品を手がけた映画監督の山田洋次さん(86)▽「自然と共生する街」を理想とした建築家の故・津端修一さん、英子さん(89)夫妻▽中国残留婦人をテーマにした一人芝居を21年間にわたって上演している舞台女優の神田さち子さん(73)―で、澄和の村石久二理事長(スターツコーポレーション会長)から表彰状などが贈られた。 【井上志津】

第2回澄和Futurist賞表彰式。右から、神田さち子さん、津端英子さん、山田洋次さん、村石久二澄和理事長=三澤威紀撮影

 

 

舞台女優 神田さち子さん(73)

 =八木正撮影

 

「チケット売りの明け暮れで、へこたれた時期もありましたが、コツコツやってきたことを評価していただき、本当にうれしいです」

 敗戦時に満州に取り残された中国残留婦人の一人芝居「帰ってきたおばあさん」を1996年から演じている。70年代、2人の子どものために読み聞かせを始めたのが「語り」の世界に入るきっかけ。夫の転勤で奈良から東京に居を移した後は「語りの会」を主宰し、民話などの語り部として活動してきた。

 91年、夫がテニスの最中に心不全で急死した。神田さんが47歳の時だった。「立ち直れませんでした。何十年たっても、考えるとため息が出ます」。93年、沈んでいた神田さんに友人が語り部を頼んだ。その語り部の様子を偶然見たのが、舞台や映画「お葬式」などで活躍した俳優の奥村公延さんだ。奥村さんは神田さんに声をかけた。「君の間はすごいね。次の作品は何かあるんですか。上演する時は僕が見てあげますよ」

 

 

 
「帰ってきたおばあさん」の一場面=犬塚治男さん撮影
 
 

 「自信が出ました。よし、やってみようと思いました」と神田さんは振り返る。翌年、奥村さんの演出で民話を題材にした一人芝居を上演した。

 95年、作家の良永勢伊子さんと出会い、「帰ってきたおばあさん」の脚本を書いてもらう。神田さんも満州の生まれ。南満州鉄道の関連会社に勤めていた父と教師の母、5歳の兄と2歳の自分とで46年に引き揚げた。当時の記憶はないが、一時帰国中の残留婦人と会い、「母と私も取り残されていたかもしれない。紙一重だった。この人たちの思いを伝えなければ」と上演の意思を固めた。

 初演後、10年間ほどはあちこちから声がかかったが、「戦後60年が過ぎてからは少なくなった」と話す。奥村さん、良永さん、演出を引き継いだ杉山義法さんも、鬼籍に入った。

 「事務所や劇団に所属せず、一人なので、もっと若い人に伝わるように中身を変えないと集客できないと言われたりすると、悩んだこともありました。でも、変えたらあの時代の苦しさが美化されてしまうと思って……。今回の受賞で、変えなくていいんだ、これまで通りでいいのだと背中を押された気がします」

 父は93年に80歳で、母は4年前に95歳で亡くなった。「母は毎回公演を見て、泣いていました。一番応援してくれた母に受賞を知らせたかった。奥村さんたちにも。たくさんの人に感謝しています」。公演は現在192回を数える。「25年目の2020年までには200回にしたいです」

 

 受賞おめでとうございます。

 来年3月23日には、福岡で公演があるそうです。https://www.facebook.com/events/2026510467581028/

 これからもがんばってください!

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