いぞらど isolado 魚骨日誌

主に魚の頭骨を作る日々を綴っています。

ハナフエダイ

2019年07月24日 | 日本の魚の骨格
5本目。

ああ、そろそろイヤになってきた。


さて、今回のお魚は「ハナフエダイ」と言うお魚。










このお魚、表題にも書きましたが、小笠原からやって来ました。
沖縄だとたまにあるけど、小笠原って結構珍しいよね。
これは、時折メディアにも登場する都内の某有名お魚屋さんで、「小笠原フェア」と言うのをやっている時、たまたま覗いて安かったんで買ってみたフエダイの仲間なんです。

特に狙っていたお魚じゃなかったんですが、でも、フエダイの仲間って歯が鋭くってホネはカッコイイので、ハズレは無いと思って買ってみました。






どうです?そこそこカッコイイでしょ。

本題からは外れてしまいますが(改めて言わなくてもしょちゅう外れてますけどね)、小笠原は遥か昔、いぞらどさんが学生だった頃、卒業論文を書くために2度ほど訪れた土地でもあります。
まだ世界遺産とかホエールウオッチングとか言う話も聞かれない、メディアにもほとんど取り上げられないのんびりした時代の話しですけどね。

こう見えても、いぞらどさんは文系出身で、学校では魚や生き物について学んだ事は一度もありません。
なので、卒論も勿論、文系の卒論なので、離島の生き物の調査とか、海洋生物の調査とか、そういった類で行ったのではありません。
ちょっとした歴史的事実の取材とでもいいましょうか、って言うと、小笠原に詳しい人なら
「ああ、太平洋戦争戦についての事だな。」
って思うかもしれませんが、関係してないとは言いませんが、それもちょっと違いますね。

確かに小笠原諸島には戦争遺跡が多くて、当時はまだ島内至る所に、防空壕だとか錆びた高射砲とか、はたまた本気で探せば本物のゼロ戦とかがジャングルの中に眠っている状態でした。
同時期、同じ宿にそれら戦争遺跡について調査に来ていた学生さんもいて、その方とは夜な夜なそういった遺跡についての話を教えてもらったりもしました。
その泊まった宿の庭には、本物のゼロ戦のエンジンの一部が無造作に置いてあったしね(笑)。

でも、いぞらどさんが調査していたのは、そういった事では無く、それよりも後の、戦後から昭和の終わりごろまで行われていた島内のある生活様式についての取材でした。
当時、もうその生活様式は無くなってしまっていたので、いぞらどさんは直接目にする機会は無かったんですが、でも、まだそれに関わった人や実際に使われていた機械などは島に残っていたんで、そういったモノの調査・取材をしにいったんです。

当時、まだその事についてはまとめた人がいなかった様で、いぞらどさんが無事卒論を提出して大学を卒業し、何年か経った後、小笠原の役場が小笠原史をまとめる時に、どこかでその事についてまとめた学生が居たと言う話を聞いてきたらしく、ウチに連絡がきたことがありました。
でも、ちょうどその時、いぞらどさんは日本を離れ、海外を放浪していたときだったので、連絡が付かず、小笠原史の編成に協力できなかったのは残念な事です。

いつか機会があれば、そんな話も書いてみたいですが、もったいぶった割には、まあ別にどうでもいいような内容でもあるんで、今は止めておく事にします。

全然魚の話に戻らないまま終わっちゃいましたね(笑)。

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