答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

あいさつは、つながろうという気持ちの発信です。

2017年02月28日 | ちょっと考えたこと

ふと思い立ち、こんなのをつくってみた。

 

 

 

【あいさつ】

あいさつは人と人とをつなぎます

あいさつはつながるための初めの一歩です

あいさつはつながろうという気持ちの発信です

 

勘違いしないでほしい。和太鼓教室の子どもたちに対して考えたものではない。大のオトナに向けたものである。

このなかで、わたしがもっとも強調したいのは最後の一行だ。

簡単なようでいて、あえて意識しなければ出てこない言葉もある。

であれば、意識をしてみましょう、意識して言葉にしてみましょう、ということだ。

なんとなれば、当のわたし自身がそうだったから、いや現在進行形の、そうだから。


大のオトナにこんなものを・・・と思わないでもない。

だから、リリースしようかどうしようか、軽く悩んでいる。

さて・・・


(と言いつつここで発表 ^^;)

 

 

 

  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村

コメント

「コップに三分の一くらい注いで、飲んじゃ入れ、飲んじゃ入れして飲むのが、ビールの本当にうまい飲み方なんですよ。」(池波正太郎)

2017年02月27日 | 食う(もしくは)呑む

表題は『男の作法』から。

 

男の作法 (新潮文庫)
池波正太郎
新潮社

 

ビールを注ぎ足すのは、愚の骨頂

 

という言葉からその稿は始まる。

 

圧巻はここからだ。

 

 だから、ビールの本当の飲みかたというのは、まずお酌で一杯飲むのはしようがないね。それでグーッと飲んだらビールをまず自分のところへ置いとくんですよ。そして自分の手でやらなきゃビールというのはうまくないんだ。

 コップになみなみ注がないで、三分の一くらい注いで、それを飲みほしては入れ、飲みほしては入れして飲むのがビールの本当のうまい飲みかたなんですよ。

 欲を言えば、栓を抜くだろう、抜いた栓も上に乗っけてきてくれると一番いい。一杯注いじゃこうして栓をしておけば、気が抜けないだろう。

 なみなみと注いでグーッと一気にやるときのうまさはむろんあるけど、何回も何回もビールばかり一気に飲めないでしょう。だから、そういうときは、コップに三分の一くらい注いで、そのたびに一気に飲むようにしなきゃうまくないんだよ。(Kindle版1868~1873付近)

 

男も女もない。

これを読んで喉がなったアナタは本ものの酒呑みだ。

これを読んで気分がスイングしたアナタは、本読みとして一流だ。

(もちろん、好み以外の何ものでもありませんが)

そして、その両方を同時に感じたアナタは、まことに残念だがわたしと同類だ。

(まちがいない)

 

コップになみなみ注がないで、三分の一くらい注いで、それを飲みほしては入れ、飲みほしては入れして飲む」ビール。


いやはやこれが、じつにうまい。

 

 

男の作法 (新潮文庫)
池波正太郎
新潮社

 

 

 

  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村

コメント

「濠を浚渫しています。」から「○○をしています」という工事看板について考える

2017年02月26日 | オヤジの情報発信修業

 

地域を守る建設産業というフェイスブックページで教えてもらった、”grape-『心』に響く動画メディア”というサイトに載っていた工事看板の画像。ツイッターに投稿され、ちょっとばかり話題になっているらしい。

話題になっているのは「濠を浚渫しています」という言葉。「皆さんは読めますか?」という問いかけから始まっている。


正解は「ほりをしゅんせつしています」。


わたしはなんなく読める。読者の皆さんはどうだっただろうか。文中、「土木関係の仕事をしている人にとっては読めて当たり前」という解説がある。たしかに「濠」という構造物は土木そのものといって差しつかえないが、「濠」という漢字は読めて当たり前の部類には入らないだろう。土木工事の工種としてはポピュラーな「浚渫」も、同業といえどその手の仕事に関わりがない人たちにとっては難解なのではないだろうか。

同業のよしみ、「いくらなんでもそこまで晒すのはネ」と思い、わたしは画像から削ったが、元ネタには下の端に発注者と工事名がはっきりと写りこんでいる。一見してわかるとおり、舞台は北国。城下町たる市が発注したその名前には「濠浚渫工事」という文字が見える。

「ああネ」と得心するわたし。

よくやるのである。

陥りがちなのだ。

意識が工事名に拘泥してしまい、そこから抜けだせない。つまりこの場合は「濠」と「浚渫」である。ちょっとがんばれば何ということはないのだが、ついつい安易なところで手を打ってしまう。ではどうすればいいのか。

よく採用される方法として、

1.漢字はそのままでルビを振る。

2.平仮名にする。

3.言い換えをする。

1と2もまたてっとり早いが、本質的な解決にはならない。つまり「伝える」という目的のもとでは、「どうもイマイチだネ」ということだ。だからわたしは、極力3の線でいこうと努めている。この場合でいうと、「浚渫する」は「土砂を取り除く」に言い換えることで工事の概念がストレートに伝わる。では「濠」をどうするか。これはルビを振ることで一目瞭然。

「濠(ほり)の土砂を取り除いています」

意味は伝わるが、ルビだと平仮名が小さく目につきにくい。広報紙ならそれでもいいが、看板にはできるだけ大きな文字を使いたい。

平仮名を採用してみる。

「ほりの土砂を取り除いています」

これだと、習ってない漢字が平仮名になっている小学校低学年の国語教科書のようで(ちなみにわたしはアレがキライ)、なんだかバカにされているような気がしないでもない。

同じ意味の違う漢字に変えてみる。

「堀の土砂を取り除いています」

なぜ取り除かなければならないのだろうか、という方向から、もうひとひねりしてみる。

「堀にたまった土砂を取り除いています」

城は多くの人から「おしろ」と呼ばれる。濠もまた、「おほり」と呼ぶのが一般的だろう。ということで、わたしならこうする。

「お堀にたまった土砂を取り除いています」

浚渫を「さらえる」と言い換えるのもアリかもしれない。

とかナントカえらそうなことを書いたが、あくまで他人さまがつくったものに結果論でイチャモンをつけたに過ぎない。そういうわたしとて、いつもいつでも同様のことをやらかす可能性を持っているし、実際に思いあたるフシがいくつもある。

この場合、最悪なのは「濠浚渫工事をしています」という書き方だろう。がっかりである。しかしわたしは笑えない。たしかにがっかりではあるが、そんな「がっかりさん」になったことがないかと問われれば、「ない」と断言できる自信がないからだ。「わたしとわたしの環境」からその類が発信されてないかといえば、「ない」と即答できる自信がないからだ。

「◯◯をつくっています」あるいは「◯◯をしています」。

日本全国にあふれている、あの工事看板をあだやおろそかに考えてはならない。ささやかではあるけれど、あれもまた重要な情報発信なのだ。「情報を発信する」ということは「伝える」ということである。伝わらない情報は、情報を発信していないと同義である。誤解を恐れず言う。「伝える」ためには「相手はバカかもしれない」ぐらいの心持ちでいることが必要だ。伝わらないのは「相手がバカ」だからではなく、バカにも伝わる伝え方ができない自分が悪かったのかも、という省み方をすることが肝要だ。

「じゃあ全部平仮名にしてしまえばいいじゃないか」というそこのアナタ、ことはそれほど簡単ではない。

世の中すべからく、落としどころというものがある。そこが難しいところである。

悩んだあげく、面倒くさくなる。

そしてついつい安易なほうへ・・・


気をつけようっと ^^;



以上、自戒を込めて書いたこの稿は、フェイスブックでのわたしの投稿に対して返ってきたコメントを参考にして出来あがっている。つまり、複数の人の考えをまとめたものだ。もちろん文責はわたしだけにあるが、そのこと、感謝の意味で記しておく。

 

 

  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村


 

 

コメント

忙裏山我を看る、閑中我山を看る。

2017年02月25日 | ちょっと考えたこと(仕事編)

忙裏山我を看る、閑中我山を看る、

相以て相似ず、 忙は全て閑に及ばず。

 

『私本太平記』にある文天祥の詩の一節だという。

久々に、『日々(いや、気のむくままに)読み書き』を訪れて知った。

訳すると、

忙しいときは山が私たちを看ている。心にゆとりができると私たちが山を看るようになる。
これは、似ているようで全く似ていない。忙しいのは、閑なことに及ばない。

という意味なのだそうだ。

 

「忙しい」

悪いことではない。ありがたいことだ。

だが、忙殺されるのはよくない。

「忙しい」に心を奪われ、「忙しい」ことだけに集中し、余裕がなくなってしまう。これがイチバンよくない。そういうときは、意識して「閑」をつくり出す。それが正しいオジさんの作法である。

「閑」はつくり出すものだ。

もてあますほどの暇は、あげるといっても要らないが、適度な「閑」は、つくり出してでも必要かつ不可欠だ。

 

そんなことなどを考える2月最後、「忙中閑あり」な土曜の休み。仕事のことはいっさい考えず(と言っておこう)、一日中孫と過ごした。

~いやいや、そう書くとちょいといいカッコが過ぎる。あらためてそういうほど忙しくはない。わたしにとっての「忙しい」は、メシを食えないとか、眠る間がないとか。まあしかしそれはそれ。とりあえず「忙中」ということにしておこう。~

自分自身がしてきた子育てを考えれば、月とスッポン泥と雲な、甘々な相対し方ではあるけれどそれはそれ、人間だもの彼も吾も。幼な子と爺の駆け引きにも、渡る世間にすべからく通底する関係が圧縮されていて楽しかった。


閑中我山を看る、

「じいじじいじ」と言う孫と。

 

 


  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村

コメント

つくりこまないPPT

2017年02月24日 | ちょっと考えたこと(仕事編)

 

 

2年ぶりに主任技術者を勤めた工事が完了。きのう、その完成検査があり、当社恒例、検査初っぱなに披露する完成検査プレゼンテーションをわたしが受け持った。

今回のテーマは、「つくりこまないPPT」。画面からは説明のコメントを極力排し、大写しにした画像や資料から説明を展開していくというパターンだ。しかも、「アレもこれも何もかにもを伝えたい系」のわたしにしては珍しく、ポイントを必要最低限(だと本人は思ってる)にしぼりこんで、である。

 

一年ちょっと前、『「伝わらないプレゼンテーション」に共通する3つの症状』(中原淳、Yahooライフ、2016.1.12)というWeb記事を読んだ。そこには、

1.あれも、これも病

2.観察できない病

3.沈黙が怖い病

この3つの症状が見られたら、「頑張ってはいるんだけど聴衆にはイマイチ、ピンとこない”残念なプレゼンテーション”」なんだと書かれていた。特に「あれも、これも病」にはイチイチ思い当たる節があり、思わず胸をおさえながら読んだ記憶がある。

 

「あれも、これも病」は、「プレゼンの内容・スライドの枚数を精選することができず、とにかく、自分の手持ちのコンテンツをあるだけぶち込んでプレゼンをしてしまうこと」です。

(略)

つまり、「正確に伝えるためには、あの角度からも、この角度からも、徹底的に正確な情報を与えなければならない」という「善意」が発動すると、さらに「よかれと思って」詰め込みます。

 

あれから一年、幾度か人さまの前でプレゼンテーションを行った。依然として「あれも、これも」の傾向は治ってない。ついこの前も、その前も、そのまた前も、削れない自分にため息交じりで苦笑いをし、詰め込んだまま見切り発車をしてしまい、ついつい早口になりそのまま突っ走った(ような気がする)。

中原さんいわく、

 

言うまでも無いことですが、プレゼンの構成でもっとも必要なのは「引き算の美学」であり、「シンプルさ」の追求です。大切なのは、「何を喋るのか?」ではありません。むしろ「どこまで喋らないか?」を考えたいものです

 

さて、今回はどうだったのだろう。

目指したのは「つくりこまないPPT」。ポイントをしぼってシンプルにしゃべる。

少しはできたような・・・

いや、できなかったような・・・

いまさらながらにこの道、奥が深い。

 

 

  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村

 

コメント

サンダーバードに揺られながら『男の作法』(池波正太郎)を読んだ

2017年02月23日 | 読む(たまに)観る

昭和56年といえば、わたしは24歳。

 

この本の中で私が語っていることは、かつては「男の常識」とされていたことばかりです。しかし、それは所詮、私の時代の常識であり、現代(いま)の男たちには恐らく実行不可能でしょう。時代と社会がそれほど変わってしまっているということです。(『男の作法』池波正太郎「はじめに」より)

 

と池波正太郎が書いているところの、「かつての男の常識」を「恐らく実行不可能」な「現代(いま)の男たち」の、れっきとした一員だった。そして1923年生まれの著者はこの年58歳。ちょうど今のわたしと同年代だ。時おりそんなことなどを思い浮かべながら、『男の作法』を読んだ。サンダーバードに揺られながら読んだ。

 

男の作法 (新潮文庫)
池波正太郎
新潮社

 

 やはり、顔というものは変わりますよ。だいたい若いうちからいい顔というものはない。男の顔をいい顔に変えて行くということが男をみがくことなんだよ。いまのような時代では、よほど積極的な姿勢で自分をみがかないと、みんな同じ顔になっちゃうね。(Kindle版位置No.202)

 

自分の顔がいい顔なのか、そうでもないのかは、断じて自分自身が決めることではないし、いかな自惚れ屋のわたしとて、自分の顔がそれほどいい顔だとも思ってないが、たしかに言われてみればそのとおりではある。もちろん言わずもがな、この場合の「いい」とは、男前だとかハンサムだとかとは別の次元の「いい」であり、歳月を経てみがかれた男は、一様に顔がいい。その反対によくない顔は、いたずらに歳月を経てきたのみでみがかれてない証左である。

『男の作法』が書かれてから35年。その間、池波正太郎が言うところの「いまのような時代」を「現在(いま)の男」として生きてきたわたしが、この「いい顔」の話を始めとして書きされていることの多くに共感し、著者がいうところの「かつての男の常識」の多くを、それほど「非常識」なものとして感じないのは、元々わたしがタイプとして「古い」人間だったからか。とはいえそれらの多くは、「いまのような時代」を生きてきたヘタレな現代の男たるわたしが、真似をしようともとうてい真似することができ得ないようなことばかりには違いない。

勉強になります。

サンダーバードに揺られながら、電子書籍で『男の作法』を読み、タブレットに頭を垂れるオジさんなのだった。


 

男の作法 (新潮文庫)
池波正太郎
新潮社


 

  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村

コメント

北川村観光びらき2017は3月5日開催

2017年02月22日 | 北川村やまなみ太鼓

 

「北川村観光びらき2017」は3月5日開催。

出演アーティストの紹介をする北川村観光協会のブログには、よさこいダンシングチーム「花山海」、高知学芸高等学校吹奏楽部、アコーディオンの坂野志麻、ピアノ・シンガーソングライター樹奈・・・

って、おい、北川村やまなみ太鼓が載ってないではないか。

ということで、担当者から別件で電話がかかってきたのをこれ幸いにクレームを入れる。

 

「ワシらただの景気づけちゃうど(まあそういう側面は認めるけど)」

「アーティストと思うてないんかい(たしかにアーティストではないけど)」

「そういやいっつもワシらだけ抜かしとるやんけ」


いやはやまったく、タチが悪いオジさんだ。

で、その翌日。こんな書き出しから始まる文章がブログに載った。


北川村の男村民さんはみんな、優しいです。
ぶっきらぼうだったりしますが、結局、優しいです。
怒られたりもしますが、最後は、優しいです。

でも、一人だけ、何年経っても緊張する、怖い存在の男村民さんがいます(-_-;)

 ↓↓

きたがわさんぽ+Plus


そのあとにつづく画像は、なにが気に入らないのやら仏頂面で太鼓を叩くボウズ頭のオジさん。しかもあろうことかピンクのTシャツを着用してである。


やられた!


と苦笑いするわたし。

落とし前はWebでつける。ブログという土俵を持っているものとしては、当然の行為だ。

ところが・・・

読み進めると、どうも様子がちがう。

「怖いけれど・・・」というトーンなのである。

おまけに、最後は満面笑顔で鉢巻をまいたオジさんのドアップで締めくくるという、終わってみれば親愛の情に満ちあふれた記事。


やられた!


ふたたび苦笑いするしかないわたしなのだった。


 ↓↓

きたがわさんぽ+Plus

「北川村観光びらき2017」は3月5日開催。




  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村


 

コメント

サンダーバード

2017年02月21日 | ちょっと考えたこと

さて、帰るとするか。

帰路につこうとしたわたしを金沢駅で待ち構えていた貼り紙ひとつ。

「列車の運転取り止めについて」。

 

 

工エエェェ(´д`)ェェエエ工

 

湖西線での強風のため、次の特急列車については

全区間運転を取り止めます。

お客様にはご迷惑をおかけしますが

ご理解をお願いいたします。

【12月21日(火)】

〈金沢~大阪間〉

(上り)サンダーバード16号(9時53分発)

    サンダーバード22号(11時55分発)

 

(゚◇゚)ガーン


な、なんということだ。わ、わたしが乗る予定のサンダーバードが・・・運転取り止め。

きのう、講演会場に着いたわたしにスタッフがかけてくれた言葉を思い出す。

 

「心配してたんですよ」

「?」

「この時季、鉄道はよく止まるんですよ、強風で」

 

そうだったのだ、とひとまず胸をなでおろすわたしが、ごめんなはり線~土讃線~山陽新幹線~湖西線~北陸線という最長経路をあえて選んだのは、ひとえにサンダーバードという名の特急に乗りたいがため。羽田経由小松空港という航空便や羽田空港経由北陸新幹線という複合技も選択肢としてあるにもかかわらず、サンダーバードを選んだのは、その名がインプットされた瞬間にあのテーマが頭のなかで響いたのが原因だった。

 

『サンダーバードのテーマ』 日本語フルバージョン THUNDERBIRDS


もちろん、このサンダーバードはあのサンダーバードとは関係なく、「雷鳥」という旧名を変更したサンダーバードなのだが、それにしても、郷愁とともに想い出がよみがえる名前ではある。だからサンダーバードを選んだのに・・・。

ん?待てよ。

と我に返るわたし。よくよく考えると、その前の便がある。そして前の便は運転取り止めのリストに含まれていない。なぜ?という疑問はおいといて、おそるおそる駅員さんに確かめてみる。


「ここに書いている便だけが運休なんですよね」

「そうです。今のところ、ここに書いてある2便だけです。」

「じゃあ、この2本のあいだの列車は動くんですよね」

「はい、今のところそのような予定です」

 

よし帰れる。

そそくさと土産と弁当を買い込み、ダッシュでホームへ。



11時24分のサンダーバードに乗り込み、ほっとしたのもつかの間。

強風のため湖西線は通らず、米原経由の琵琶湖線を迂回するので京都到着が遅れるというアナウンスが流れた。

まわり道か・・・・しゃあない、とあきらめるわたしの脳内に、またあのテーマ曲が鳴り響く。

 

『サンダーバードのテーマ』 日本語フルバージョン THUNDERBIRDS


まわり道は今に始まったことじゃない。

思えばあのころからずっとそうだった。

まわり道だよオイラの人生。

また楽しからずや。


 

  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村

コメント

このレールのずっと向こう

2017年02月20日 | ちょっと考えたこと

 

6時31分発の二番列車を待つ。

終着駅は始発駅、の奈半利駅で。

「このレールのずっと向こう、どこまで行けるのかな」と、あてもなく北を目指した若いころがあったなと思い起こすが、もう、あてのない旅などできるはずもない。

目的地は金沢。講演者はわたしだけ。90分一本勝負、いわゆるワンマッチ興行である。

途中、『初対面でもはずむおもしろい伝え方の公式』(石田章洋)を読み、「おもしろい伝え方」について学ぶ。

 

 

いやいや笑いごとではない。

本人、まじめもマジメ、大真面目である。

「いったいオマエはどこへ行こうとしているのか」

別のわたしはそう嗤うのであるが・・・

 

初対面でも話しがはずむ おもしろい伝え方の公式
石田章洋
日本能率協会マネジメントセンター

 

 

  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村

コメント

そして「石工の話」アゲイン

2017年02月19日 | 三方良しの公共事業

「より早く」

「より安く」

について書いた。

書いているあいだじゅう、ずっと頭から離れなかった話がある。先日紹介した「石工の話」だ。

土木における「良く」「早く」「安く」を語るとき、この話はとても示唆に富んでいる。

ふたたび(みたびかな?)『庶民の発見』(宮本常一)より引用する。

 

庶民の発見 (講談社学術文庫)

宮本常一

講談社

 

 「しかし石垣つみは仕事をやっていると、やはりいい仕事がしたくなる。二度とくずれないような・・・・・。そしてそのことだけ考える。つきあげてしまえばそれきりその土地とも縁はきれる。が、いい仕事をしておくとたのしい。あとから来たものが他の家の田の石垣をつくとき、やっぱり粗末なことはできないものである。まえに仕事に来たものがザツな仕事をしておくと、こちらもついザツな仕事をする。また親方どりの請負仕事なら経費の関係で手をぬくこともあるが、そんな工事をすると大雨の降ったときはくずれはせぬかと夜もねむれぬことがある。やっぱりいい仕事をしておくのがいい。おれのやった仕事が少々の水でくずれるものかという自信が、雨のふるときにはわいてくるものだ。結局いい仕事をしておけば、それは自分ばかりでなく、あとから来るものもその気持ちをうけついでくれるものだ」。(P.25)

 

じつに正直だ。百万言の美辞麗句やレトリックをもってしても、この石工の独白にはかなわないとわたしは思う。

白状してしまうと、「より良いモノをより早く」などとカッコをつけているわたしも、いつだってこの葛藤のなかにある。

 

ついザツな仕事をする。

経費の関係で手をぬくこともある。

やっぱりいい仕事をしておくのがいい。

結局いい仕事をしておけば、それは自分ばかりでなく、あとから来るものもその気持ちをうけついでくれるものだ。

と思いつつ、

ついザツな仕事をする。

経費の関係で手をぬくこともある。

やっぱりいい仕事をしておくのがいい。

結局いい仕事をしておけば、それは自分ばかりでなく、あとから来るものもその気持ちをうけついでくれるものだ。

 

そんな循環のなかで辺境の土木屋という生業をつづけているのが現実だ。エラそうなことを言えた義理ではない。しかし、そんな自分を棚に上げ、まっとうな台詞を並べ立て威勢のいい啖呵を切ることもしばしばである。まったくナニヲカイワンヤという気がしないでもない。

だが、だからこそわたしは、宮本常一が拾い上げ残してくれた「ある石工のモノローグ」をいつもいつでも心に持ち、「土木のしごと」という営みをつづけていきたいと思うのだ。

やっぱりいい仕事をしておくのがいい。




  ↑↑ クリックすると現場情報ブログにジャンプします

 

           

            有限会社礒部組が現場情報を発信中です

 

     

   発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う。

 

 

 高知県情報ブログランキング参加用リンク一覧  

にほんブログ村


コメント