答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

「のび太はドラえもんのおかげで本当に幸せになれたのか?」という帯に誘われて読む

2016年03月31日 | オヤジの「ゆる~いCIM」修業

 

こんな本たちを並行して読んでいる。複数冊の同時進行(しかも毛色の違うやつを)は、近ごろのわたしのトレンドだ。

「のび太とドラえもん」と言えば、あの真坂さんの名言


「ドラえもん助けて!」とのび太くんが言わないかぎりドラえもんは動かない。


を思い出すわたし。

「のび太くん(=わたしたち)」がアクションを起こすことによってしか「ドラえもん(=いろいろ便利なツール)」は起動しない。つまり主役は便利なツールではなく、わたしたち自身なのだと真坂さんは言うのだ。

 

のび太はドラえもんのおかげで、本当に幸せになれたのか?

 

キャッチコピーとしてはなかなかに優秀だ。「本を買ったら帯はすぐ捨てる」派のわたしが、剥ぐのにいささか躊躇してしまったほどである。

だがわたしにとってその答えは簡単だ。

「のび太」がわたし(アナタ)自身なら、「本当に幸せに」なるかならないかは、わたし(アナタ)自らの中にある。

けっして「ドラえもん」がどうのこうのという話ではないとわたしは思う。

思いつつ、『「便利」は人を不幸にする』と『CIM入門-建設生産システムの変革』を並行して読む。

 

 

「便利」は人を不幸にする (新潮選書)

佐倉統

新潮社

 

CIM入門―建設生産システムの変革

矢吹信喜

理工図書

 

 

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「青焼き」のこと

2016年03月30日 | オヤジの「ゆる~いCIM」修業

リコーがジアゾ複写機の消耗品(感光紙)の販売を終了するそうだ。

「へ~まだあったんだ青焼き」と軽い驚きを覚えるわたし。

「ん?まだなんかあったんじゃないか?」と資料室をガソゴソすると、青焼きの丈量図とマイラーフィルムに描かれた原図が数枚、すぐ見つかった。

 

 

 

な、なつかしい・・・・

今はなき県道奈半利東洋線(現国道493号)、わが社の花形かつドル箱路線。

そんなことはどうでもいい。青焼きだ。

折しもこんなその歴史について、こんな文章を読んだばかりのわたしだ、おすそ分けしよう。

 

 図形を図形のまま扱うことに再挑戦したのが、フランスの数学者・物理学者のガスパール・モンジュ(Gaspard Monge)(1764-1818)である。デカルトから150年経っていた。彼は、3次元の図形(立体)を2次元の紙の上にどうしたら数学的に正確に描けるかを考え、画法幾何学を1795年に創始した。彼のおかげで、設計者などの頭の中にある3次元的な機械や構造物のイメージを、他人に間違いなく伝達できる製図という手法が確立していったのである。ちょうど、18世紀末から19世紀初めは英国から始まった産業革命の真っ只中であり、設計した機械や構造物を速く正確に作るためには欠かせぬ技術となった。

 ただ、画法幾何学によって製図はできるようになったが、多くの図面を安く印刷する方法がなかった。大きな画面に印刷するためには非常にお金がかかったため、19世紀は大きな画面をコピーできず、原図のみか、手で書き写す必要があった。この問題を解決したのが、英国のサー・ジョン・ハーシェル(Sir John Herschel)(1792-1871)である。(略)彼は、1842年に青図(ブループリント)と呼ばれる青写真技術を発明し、19世紀後半から20世紀初め頃から非常に大きな図面を安くコピーできるようになった。(『CIM入門-建設生産システムの変革-』矢吹信喜著、理工図書、P.43~44)

 

まさに必要は発明の母。

あのアンモニアの匂いを思い出しながら、170年前の発明に感謝しつつ、「青焼き」と3Dモデル、2つの時代に生かされたことにもまた感謝するわたしなのだ。

 

 

CIM入門―建設生産システムの変革

矢吹信喜

理工図書

 

 

 

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J’aime! ~ モネの庭から(その260)

2016年03月29日 | 北川村モネの庭マルモッタン

 

24日、北川村モネの庭マルモッタンのフェイスブックページに掲載された写真だ。

この他、4枚の画像が、

 

≪ソメイヨシノ開花!!≫

モネの庭の水の庭でソメイヨシノが
咲き始めました。

今のところ、まだ咲き始めたばかりで10輪ほどです。

高知の「開花宣言」より先に開花です♪

【3月24日16:00追記】
高知の桜開花宣言が15:00に出されたようです(^^)
同じ日の開花となりました。

 

という投稿とともに紹介された。

そしてきのう、それを受けてFondation Claude Monet à Giverny、つまりフランスはジヴェルニーのモネの庭フェイスブックページが、


Les cerisiers fleurissent dans tout le Japon et dans le village cousin de Giverny, Kitagawa!


とシェアしてくれた。

直訳すると、


日本には桜の木がある。その村はジヴェルニーのいとこ、北川!


なんてところだろうか。

思わず、「すばらしい!セビア~ン!」と独りごちるわたし。

「ん?cousin(いとこ)?frère(兄弟)じゃないのか?」と思わぬでもないが、ま、この際それはおいとこう。

桜が咲いたという北川村からの発信がフランス全土に拡散中、といえばいささか大仰に過ぎるが、彼の国で続々とシェアされているのは事実だ。

フェイスブック的に言うと「北川村とおフランス、いいね!」

いやここはフランス語でしょう、と思い直したが、「いいね!」というフランス語がわからなくてさっそく検索する。

”J’aime!”

うん、

「北川村とおフランス、J’aime!」

なのであるよ。

 

 

 

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『日本の村・海をひらいた人々』(宮本常一)を読む

2016年03月28日 | 読む(たまに)観る

日本の村・海をひらいた人々 (ちくま文庫)

宮本常一

筑摩書房

 

戦後すぐ、少年少女向けに宮本常一が書いた『日本の村』『海をひらいた人々』を合冊したのが本書。特に『海をひらいた人々』で描かれる古い日本人たちのヴァイタリティーと、北から南から東へ西へという海の民たちの行動範囲の広さ、そしてオープンマインドなその姿に大きな驚きを感じてしまったわたしなのである。

何か気の利いたことを、と頭をひねってみたが、松山巌氏が巻末で的を射た解説をしているので引用させていただくことにした。

 

 「海をひらいた人々」のなかに描かれる人たちは、魚を求め、鯨を求め、遠く故郷を離れた人たち、新しい漁法を考案するために別の土地の漁師たちに学ぶ人たちの姿である。私たち現代人は、一つの発明を自分の権利として手離そうとはしない。自分が得た利を他人の利へと広げようとはしない。それ故に、宮本が記したように、新しい漁法や漁場が遠く離れた所で点々と広がり、切り拓かれることに訝るのである。

 しかし、宮本ならば海は決して閉じられたものでないというだろう。海はときに荒れ、人々を拒絶する。が、同時に遠く離れた海の暮らしを伝える波ともなる。勇気ある人々は、その荒い波頭を越えていったのである。宮本が語っているのは、じつは現代の読者が疑問に感じることそのものなのだ。人びとの生活は自閉的ではなく、作り上げられる物や言葉はさまざまな土地の人が交流し、溶け合って生まれたということなのである。(P.275~276)

 

ここで紹介される人々は、日本人とはいえ明らかに現代日本人とは違う日本人たちであり、描かれている暮らしは今の日本とは大きく異っている。同じ系譜のなかにいるかどうかさえ疑問に思えるほど、今を生きるわたしたちはひ弱い。だが、わたしにはとても懐かしく感じられる。自分が知らないような昔々の話ではあるが、そこから感じとることができるのは、歴史ではなく郷愁だ。

文庫本を閉じたあと、さっそく同じ著者の別の本をポチったわたしなのである。

 
 
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孫と娘とときどきじじい ~ モネの庭から(その259)

2016年03月27日 | 北川村モネの庭マルモッタン

 

 

 

土曜日曜と連休。

差し迫った仕事もなくナイスなタイミングの休みである。

延ばし延ばしにしていた柚子の剪定をするべく予定をしていたところへ、「モネの庭へ行きませんか?」という娘からの誘い。

となれば、もちろんもれなく孫がついてくるに決っている。

いうまでもなく二つ返事で引き受けた。

いつもは庭をながめ写真を撮ってはまた庭をながめ、の繰り返しなのだが、帰って写真を見てみるとどうしたことだろう。

純然たる庭の写真は一枚もない。

いやいやまったく、爺馬鹿というやつはどうしようもないもんだネ、と頭を掻く。

孫と娘とときどきじじい、モネの庭をゆく。

春なのだ。

 

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脇雅史議員が国会で「震災復旧談合」について問題提起したらしいこと

2016年03月25日 | 土木の仕事

またぞろ「震災復旧談合」のニュースが伝えられている。

関東の震災復旧工事でも談合の疑い 公取委が道路舗装各社立ち入り』(産経ニュース2016.3.24)

公取委の新しい動きを知ってか知らずか、脇雅史議員が23日の参院国土交通委員会でとても重要な提議をしており、さっそく業界紙はこれを取り上げている。

いわゆる「震災復旧談合」についての私見はすでに書いた。

 ↓↓

「震災復旧談合」のニュースから考えた』(2016.1.23)

続・「震災復旧談合」のニュースから考えた(読者さんからの便り)』(2016.1.26)


ここにも書いたように、この場合論点は2つに分けなければならないとわたしは思う。

まずひとつは、震災復旧(復興)事業での「談合」は悪か、という点。もうひとつは、落札率が上がることによって本当に納税者の利益が損なわれているのか、という点にである。

詳細は不明だが、前者についての脇さんの発言を今日の鹿児島建設新聞から引用させてもらう。わたし的にはどうしても、こっちのほうに心が引き寄せられてしまうのだ。

 

さらに、東日本大震災では建設業界も「(被害を受けて)倒産するかもしれない危機的な状況にあった企業もある。自らのことを捨てて復旧工事に携わった彼らが罪に問われるとすれば、社会正義とは何なのか」と語気を強めた。

 

もちろん後者、いわゆる「不当な利益」についても言及されているようだ。どちらが、ということではない。どちらも重要な問題提起である。

一般紙には載らないのだろうから全文を転載させてもらう。ぜひ読んでいただきたい。

 

 

 

 

ちなみに業界大手紙の報道はコチラ

↓↓

建設通信新聞

不当な利益とは何か/脇参院議員/談合報道で疑問投げかけ

日刊建設工業新聞

脇雅史参院議員/「不当な利益」上げたのか/参院国交委で東北の舗装談合めぐり疑義

 

 

 

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鈍感力

2016年03月24日 | ちょっと考えたこと(仕事編)

ひところ「鈍感力」という言葉がもてはやされたと記憶している。

たしか小泉元総理が言ったとか・・・などという曖昧な記憶でしかないのだが、言葉だけはずっと頭に残っていた。検索してみると、2007年に渡辺淳一が書いた『鈍感力』という本がベストセラーになっており、それに呼応したのかどうかはよくわからないが、当時すでに前総理になっていた小泉氏が「鈍感力が大事だ云々」という発言をしたことで、大きな話題となったらしい。

そのころのわたしはといえば、CCPMや「三方良し」に取り組み始めたばかりで、人材育成がその導入の主たる目的だったにもかかわらず、成果を上げなければならないと目先しか見えずにしゃにむになっていたころ。まさに「良かれの思い込みが会社をダメにする」という典型だった時期だ。そんなわたしの心に、「鈍感力」などというテーゼが届くはずもない。元来が過敏と言ってもいいぐらい敏感な質なのに加えて、そのころは特に「鋭敏」でなければならないと思い込んでいた。

時は過ぎここ数年のわたしは、ことさらに「鈍感」であろうと努めてきた。他人さまがどう感じているかはわからない。あくまでも自分自身の心持ちとして「鈍感」であろうと努めてきた。なぜそうしようとしてきたか。わたしが「敏感」であることが、時として「よろしくない結果」を生み出している、あるいは将来に渡って「よろしくない結果」を生じさせる可能性が大いにある、ということに気づいたからだ。

結果、どうなったか(もちろん、今ある姿がすなわち結果ではないので現時点がどうなのか、ですネ)。

有り体に白状すると近ごろよくわからないのだ。

「鈍感」であろうとすると、ダッシュ力が衰えてくる。あるいは決断力が鈍る。はたまた感受性が乏しくなってくる。ような気がしてならないのだ。

ビジネスの要諦はスピードであるという、相変わらずのスピード優先思考が根っこにあるからだろう。そのために常に感性を研ぎ澄ませていたいのが本音の部分にあるところへもってきて、努めて「鈍感」たらんなどとしていると、自分自身の言動が、あまりにも悠長で「鈍重」に過ぎるように感じられて、「これでいいのだ~」などとはとてもとても思えなくなってくる。

いやいやそうではないのだろうことは承知している。「大智は愚の如し」あるいは「深い川は静かに流れる」というではないか。「鈍感」と「敏感」がひとつの個体に同居して、なおかつ「鈍感」のほうが衣としてある、そしてイザというときにはダッシュをして即断即決をする「鋭敏」さを表す。そうあるべきだとは理解しているのだ。だがそういうわたしは、爪を隠して獲物を狙う鷹でも鳴かずにネズミを待ち構える猫でもなく、どちらかというと吠える痩せ犬のほうに近い。「大智」などとは口にだすのも恐れ多い小人だ。なかなかどうして、生半なことではないのである。


ではどうすればいいのか。

たぶん、「価値観という思い込み」を変えることなのだろう。「鈍感」に価値はなく「敏感」にこそ価値がある、という思い込みから脱することができないからモヤモヤする。言い換えればそれは、自分自身の立ち位置があやふやだったりスタンスがふらふらしているということでもある。野戦軍の将である大久保忠教と天下のご意見番としての大久保彦左衛門は、同じ個体ではあっても役割が異なり、必然として、どのようなことに重きを置いて物事に対するのかという価値観も変化しなければならない(変な喩えで恐縮です ^^;)。

そしてそれを踏まえた今のところの結論はというと、

「やりつづけるしかない」

という、味も素っ気もウンチクも含蓄もないものになってしまう。

自分が決めたことならば、「愚痴は言うまいこぼすまい、これが男の生きる道」(なんてネ)

(といって、収拾がつかなくなりそうになってきたのでチカラワザで無理やり締めくくる (^_-))


 

これが男の生きる道/植木等

 

 

PUFFY 『これが私の生きる道』

 

 

 

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どの花みても ~ モネの庭から(その258)

2016年03月22日 | 北川村モネの庭マルモッタン

 

 

 

見かけに似合わず清楚な白い花が好きなわたし。ユキヤナギ・・・スノーポール・・・などと名前を思い浮かべてみるが、どうにも確信がもてない。

以前ならそこで間違いなくヒゲさんに電話をして、花の名前を確認したうえでブログにアップしたのだが、いつごろからか、どうしても必要でないかぎりは止めにした。なぜか。いっこうに花の名前が覚えられないからである。たぶん「覚える気がない」から「覚えられない」のだろう。いや、本人的には「覚える気がない」ことはない。だが客観的事実としては明らかに「覚えられない」のだから、本人がどう思おうと(さほど)「覚える気がない」と言われても致しかたがないところだ。そんなヤツにたびたび尋ねられた日には、訊かれるほうが迷惑だ。

とかナントカ考えていると、恐ろしい考えが頭をもたげてきた。

「わたしが口を酸っぱくして説いても理解しようとしてくれない」もしくは「いく度となく注意してもわかってくれない」あるいは「何べん同じことを言っても覚えてくれない」。ひょっとしたらあの現象は・・・・、

「イカンイカン、詮ないことを考えるのはやめとこう、それをいっちゃあオシマイだ」

ブルルッと首を振り、花と景色に集中することにした。

そうだ、「花の庭」へゆこう。春は花の庭である。

 

 

 

 

 

 

 

「チューリップ、ああチューリップ、チューリップ、どの花みてもきれいだな」、なんて愚にもつかない歌が口をついて出てくる。オジさん、超いい機嫌である。

モネの庭のチューリップは概して(他所と比べ)少し遅い。いったいこれで何割ほどが咲いているのか。いずれにしても今が盛りでないことはたしかだ。

来週には桜(ソメイヨシノ)が咲く。

「どの花みてもきれいだな」な季節、始まり始まり、なのである。

 

 

 

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感化

2016年03月21日 | ちょっと考えたこと

 

紋切型社会―言葉で固まる現代を解きほぐす
武田砂鉄
朝日出版社

 

「まだ3時半やんか」

と独りごちながら、「まあいい、今日も休みだ」と起きる。春も秋も彼岸は社休日だ。

起き抜けに白湯を一杯。昨夜食した牛すじの赤ワイン煮がまだ残りいささかもたれ気味の腹に染みわたる。さてと・・・タブレットを取り出して読み始めたのは『紋切型社会-言葉で固まる現代を解きほぐす』(武田砂鉄、朝日出版社)。

 

 うまいこと招致が成功してしまった二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピックのスローガンは「今、ニッポンには夢の力が必要だ。」だった。プロティンの代わりに、いや、おそらく併用で「夢」を飲み続けてはこのニッポンでサヴァイヴを繰り返すEXILE的なセンスに満ちた、上滑りなスローガン。

 スローガンに続く、宣言文のテキストが徹底的に浮ついている。この手の文章がそれなりのIQを持つ面々だけが集う会議で幾度となく揉まれた結果として、「よぉ~し、これでOK!今日は飲みに行こう」と繰り出した日があったと想像すると、ニッポンの国語力を心の底から憂いたくなる。(Kindle版位置No.345)

 

この表現と文体、や、やばい ^^;

この本を読み終えたとき、すっかり影響されてしまっている自分を想像して思わずボリボリと頭を掻いてしまう。

ところが、読みつづけているとなぜだか空虚に言葉が流れていく。いったん閉じて間を置いてから読みはじめると、たしかに一つひとつの章はおもしろい。だが持続しない。またしばらくすると同じことの繰り返しなのだ。こんな本は一気に読み進めるものではない。箸休めとして持ち歩き、気が向けば読む、というスタイルが良いのかもしれない(あ、クラウドにあるから持ち歩く必要はないか。Kindleのイイところです)。32%に差しかかったキリのいいところでタブレットを閉じて別の本を読むことにした。

この前、お城下の金港堂で買ってきた宮本常一、『日本の村 ・海をひらいた人々』。楽しみにしていた一冊だ(楽しみにしていたのに後回しにする、っていうのはなんなんだろネ、自分でもよくわかりません)。

 

 そのような風景はよく考えて見ると、この世をすこしでも住みやすくしよう、と努力してつくられたものなのです。自然にくわえた工事というものは、われわれの生活を不利にするためのものは一つもないのです。そこには、おのずから人々のあたたかい心があらわれているのです。

 ここには、そのような私たちの心をあたためてくれるものを見てゆきたいと思います。

 しかもそうしたものは、有名な人のした事業はいたってすくないのです。多くは、私たちのように、平凡な人々のしごとだったのです。(P.12)

 

この表現と文体、や、やばい ^^;

この本を読み終えたとき、すっかり影響されてしまっている自分を想像して思わずボリボリと頭を掻いてしまう。

いやはやどうにも、困ったオヤジなのである (-_-;)

 

 

日本の村・海をひらいた人々 (ちくま文庫)
宮本常一
筑摩書房

 

 

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「大槻さんちのきゅうり」が来た

2016年03月20日 | ちょっと考えたこと

 

 

「大槻さんちのきゅうり」が来た。森崎さんからの贈与だ。

「大槻さんちのきゅうり」は、震災直後の原発事故により販売ルートを断たれた地元のきゅうり農家さんの支援として、彼の会社のインターネットショップ「寿建設商店」で販売するようになったものだ。

 

震災5年目のこの時に味わっていただき、まだまだ復興半ばの福島のこと、そして未だに解決しない原発事故のことを思い返してもらいたい

 

「東日本大震災から5年経ちました」というタイトルの文章には、そう書かれていた。

さっそく一本取り出してかじる。みずみずしく甘い。

塩も醤油もマヨネーズも、何にもつけずに一本食った。

正真正銘、まごうことなき本物のきゅうりである。

よくぞこの味を・・・

丸かじりすると少々トゲが痛いが、それもまた本物の証だと納得するオジさんなのだ。

 

 

寿建設商店内『福島市・大槻さんちのきゅうり

 

大槻さんちのブログ『大槻さんちのきゅうり

 

 

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