答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

口癖

2018年11月13日 | ちょっと考えたこと

玄侑宗久和尚が『まわりみち極楽論』にこんなことを書いていた。

・・・・・・・・・

 世の中には不思議なことを研究してる人がいるものですが、ある人が、太っている人に共通の口癖を発見したっていうんですね。それはどんなものかと言いますと、「これを食べなきゃ太らないのに、この一口が我慢できないのよね」とか、「寝る前の、この一口が太るもとなのよね」とか、「私って、水飲んでも太るのよ」って言いながら水を飲む。お菓子を食べる。そうやって期待をかけられると、寝る前の体も、おそらく期待に応えようとするんじゃないでしょうか? 

(略)

 口癖の力って大きいですよ。だから、どうせなんかの口癖を言うなら、自分を「楽」の方へ連れていく口癖にしなくちゃいけないんです。

(『まわりみち極楽論』玄侑宗久、Kindleの位置No.484~499)

・・・・・・・・・

 

はて、オレの口癖はなんだろう?と考えてみる。

数秒後浮かんだ言葉は、

「なんで(どうして)?」

「なんでよ(どうしてよ)!」

「なぜ?」という問いかけは一般的には悪い言葉とみなされてはいないような気がする。だが、そうでもないぜと「なんで」を口癖とするわたしは思う。疑問としての「なぜ」と詰問としての「なぜ」は、同じ言葉でもまったく異なった性格を持つからだ。ということは、必然的にその言葉がもたらす結果も、たいていの場合は大きくちがってくる。

前者はたとえば、有名な「トヨタの5つのなぜ」のように、問題解決に大きく寄与する前向きな「なぜ」であるのに対し、後者は、発した当人がどう思おうと、問い詰め方が執拗であればあるほど真の意味での問題解決に結びつくことはほとんどない。わたしの「なぜ」は、多くの場合後者だった。もちろん、当の本人はそんなつもりはない。意識としては善意である。だが、時として「善意の押しつけ」ほどタチが悪いものはない。たとえ悪意がまったくなかったとしても、意図しなかったことや気がつかなかったことを免罪符にすることは真っ当な大人のすることではない(と言いつつしょっちゅうしてる気がするんだけれど)。

「なぜを問う」という行為は、彼我の関係次第では凶器となる。もちろんこの場合の彼我とは、(立場として)「我が強く彼が弱い」場合であり、その逆、つまり「彼が強く我が弱い」場合は、「なぜ」を何度繰り返したところで凶器までにはならない。せいぜいが「しつこいやっちゃなコイツ」とうっとうしがられるぐらいのことだ。つまり、「我が強く彼が弱い」場合に「なぜ」を使う「われ」にはよほどの配慮と注意が必要なのだ。

ではどうすればよいのか。

「なんで?」をどのような言葉に替えればよいのか。

つらつら考えてみたが良案は出ない。

思いついては折りにふれ、そんなことを考えつづけていると、「なぜ?」「なんで?」「どうして?」という言葉を使う頻度が減ってきたような気がする。代わって使い始めたのが、

「ん?」

ほとんど言葉とはいえない音と、それと同時に小首をかしげる仕草だ。あれ?待てよ、とその時の自分自身をふりかえって俯瞰してみる。

いやはやまったくどうにもこうにも、、、とアタマを掻く。かえって悪くなったような気がしてならなくなってきたからだ。

苦笑いしつつまた考える。たぶんたいせつなのは、「なぜ?」という問いを「受容できない心」で発するか「寛容する心」で発するかというマインドセットの問題なのだろう。とはいえ、「要は気分の持ちよう、心がまえなのだ」という結論づけは安易で危険だ。

さてさてどうしたもんじゃろうかのう、、、と沈思黙考。ここで玄侑和尚の言葉をふりかえってみる。

 

口癖の力って大きいですよ。だから、どうせなんかの口癖を言うなら、自分を「楽」の方へ連れていく口癖にしなくちゃいけないんです。

 

たかが短い言葉じゃないか、とあなどるなかれ。古来より言霊というではないか。僻みや妬み、怨嗟や呪詛の言葉を繰り返していると確実に人は病んでいく。その反対に、ことさらでよいからポジティブワードを使うように心がけていると、なんとはなしに心が前向きになっていくのを実感することが確かにある。わたしがよく使うところの「なんで(どうして)?」「なんでよ(どうしてよ)!」もまた、「原因を究明しその後のカイゼンにつなげたい」という本人にとっての大義名分とは裏腹に、怒りをベースとし、また腹立ちが前提としてあるかぎり、ネガティブワードとなって相手に届いてしまうのだ。

 

そうか、、、

あることに気づいた。

 

「なぜ?」「なんで?」「どうして?」という言葉の使用を強制的に止めるのではなく、「なぜ?」「なんで?」「どうして?」を発する前に別の言葉、つまり、”自分を「楽」の方へ連れていく”言葉を置けばよいのではないか。たぶんそれは、「受容」系または「認め」系あるいは「許す」系の言葉のはずだ。

と、ひらめいた文句があった。

だが、今は書かずにおく。何年か先に、事態が改善されていたら披露するだろう(きっと)。

では改善されなかったら、、、

もちろん、そのときも書くけどね(たぶん)。

 

 

まわりみち極楽論 (朝日文庫)
玄侑宗久
朝日新聞出版

 

 

 

・・・・・・・・・・

そういえば、、、と久しぶりにあったある読者がひと言。

「あのブログランキング、どうしてやめたんですか?」

「んんん・・・・覚えてない」

「ポチッとしてたんですよ、わたし」

(そういやたしかにそんなのあったなあと遠い目)

  

ということで、しばしのあいだ復活。

 ←高知県人気ブログランキング

↑↑ ハゲ頭をクリックするとランクがあがります。

 

 

  ↑↑ クリックすると(有)礒部組現場情報ブログにジャンプします

 

 発注者(行政)と受注者(企業)がチームワークで、住民のために工事を行う

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« ザ・現場監督 | トップ | 泡にはじける柚の香の誘惑 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。