答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

ゆず、おわる。

2018年11月18日 | ちょっと考えたこと

ある一方向から見ようとすると見えない。

だが、ちがう一方向からだととはっきりと見える。

ある一方向から採ろうとすると採りづらい

だが、ちがう一方向からだと難なく採れる。

それがある一定の場所でいつもいつでも同じかというとさにあらず、時間とともに状況は変化し、見えないポイントが見えるポイントとなり、採りづらいポイントが採りやすいポイントとなる。

だからといって、見やすい場所が採りやすい場所かというと概ねそうではあるが必ずしもそうではなく、あっちへこっちへとベストポジションを見つけながら作業をつづける。

まことゆず採りはやっかいだ。

かてて加えてあの荊棘(ばら)だ。すんなりとは行かない。

だが、そんなことはゆず採りに限った話ではない。仕事であれなんであれ、すべからくに通じることだ。

偏った見方、偏った考え、偏ったやり方、一方向から見ただけでは全体像を判断できない。

だからといって、偏ることすなわち悪かというと、必ずしもそうともいえない。すべてに偏りなく、とするあまりに中途半端で終始するぐらいなら、いっそ偏ったほうがよい場面もあるはずだ。

そのときたいせつなのは、オレは今、偏向している、全方向から見てはいない、はたまた別の見方もあるはずだと、自分自身を俯瞰してみることだ。なにより危険なのは執着する心だ。ある時ある場での正しいがいつも正しいとは限らないし、正しいと判断したその時その場でも正しいかどうかはわからない。「オレは正しいのだ」と執着してしまう心、その考えやポジションに居着こうとする心が判断を大きく狂わせてしまう。そうならないためには、いつもいつでもゆらぎながらその時々の状況に応じて着地点を探すという態度、姿勢、軽やかなフットワークを持ちつづけていなければならない。

なんてことなどを考えながら、今日もゆずを採っていた。

悪いクセだ。

このオジさんには、なんでもかんでもを大げさに考えてしまう傾向がたしかにある。

たかがゆず採りだ。

そう思えば、苦笑いするしかない。


雨にたたられ、思うようにならなかったこの夏から秋にかけての仕事がおわり、息つく間もなく突入したゆずの季節は、幸いなことに、雨で作業ができないことがただの一日もなかった。十年一日のごとく、相も変わらず自分ではどうにもならないはずの天気に一喜一憂し右往左往している自分が可笑しくて仕方がないが、たぶん死ぬまで同じことを繰り返すのだろう。


ゆず、おわる。

なにはともあれ祝杯だ。



 

 

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