答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

臆病

2018年10月11日 | ちょっと考えたこと

知り合いがフェイスブックに爆竹の画像をアップしていた。なんでも、ホームセンターで売っていた爆竹を見た彼の子どもさんが「これ何?」と問うたので、買って使い方をレクチャーしたのだそうな。案の定、子どもさんはビックリしたという。そりゃそうだ。あの音、初体験でニコニコする子がいたらどうなのかなと思う。

いやいやそうでもない、みんな最初から喜々として遊んでいたぞ。と、50年も前のことを思い出すわたしは、白状すると、アレが嫌いだった。怖かった、という表現のほうが適切かもしれない。そう、怖かった。そもそも火というものが怖かった。ヘタをすると花火でさえ、いやマッチでさえ怖かった。その後遺症だろう。今でも、火を熾すのが下手くそだ。ちょっとありえないぐらいに下手くそなのである。

火だけではない。小さいころのわたしは、ありとあらゆるものに対して怖がりで臆病だった。まず高いところがダメだった。ましてや高いところから飛び降りるなぞ。屋根の上から地面に飛び降りる友たちのうしろで、岩の上から川に飛び込む友たちのかたわらで、度胸なし根性なしと謗られてはならじと、何度かチャレンジしようとしたが、そのたびに断念し、尻尾を巻いてしゅんとなっていた。

たとえば小学3年生だったか4年生だったかのある冬の日、「丸太橋を渡れ」というガキ大将の命令に逡巡していると、ずいぶん年下の子が「お先に」とばかりにスイスイ渡ったのにいたく傷つけられたわたしは、意を決して渡り始めたはいいが、腰は引けオズオスとしか渡ることができず、そのうち進むも戻るもできなくなって丸太に抱きつき、しまいには力尽きて仰向きに落下。後頭部をしたたかに打ち、近くの外科医に担ぎ込まれ何針も縫う怪我をしたという笑えない笑い話もある。

「だいじょうぶ。臆病は頭が良い証拠やき」

身内の特性のなんでもかでもを自分の都合のよい方向に解釈してしまえるという得意技を持った祖母は、幾度となくやさしく励ましてくれたものだが、あまりの己の臆病さに辟易としたわたしにとってその言葉は、空虚なものでしかなかった。

あれから50年。もちろん今でも根っこの部分は変わらず、あいかわらずのヘタレ臆病タレだ。火はやはり、今でも苦手だ。高いところは・・・いつのころからか、ほんの少しだけの勇気と踏ん切りがあれば、なんとかなることに気づいた。

今日もまた崖の上に立つ。

丸太橋から落ちたあの日の記憶と「臆病は頭の良い証拠」という祖母の言葉だけは忘れないでおこう。




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2 コメント

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いい話 (MASA)
2018-10-12 16:45:06
いいおばあさんやね
あの婆にして (みやうち)
2018-10-12 19:00:42
はい、いい婆さんでした。
「あの婆にしてこの孫あり」
とうそぶいてみたいのですが、いくつになっても、なかなかあの域には到達できません。

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