答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

ダイアローグ

2019年03月29日 | ちょっと考えたこと(仕事編)

提出書類を確認してくれと頼まれた。

わたしの通常業務範囲内である。

こんな場合のわたしは、誰にでもかれにでも等しく通りいっぺん決まりきった対応をするわけではない。パターンはいくつかに分かれる。

1.ヒントだけ与えて突き放す。

2.一言一句を直接なおす。

3.その中間、つまりあきらかな誤字脱字は直接なおすが、本質にかかわる部分は考えてもらう。

などなど。

1はもちろん、自らのアタマで考えてほしいがゆえだ。

2を選ぶのは、そんな手間ヒマをかける時間がないか、何度かやりとりをしたあとなどが多い。

もちろん、そんなふうに大別してスパッと割り切れるようなことはあまりなく、その場そのときで対応にアタマを悩ませることも少なくない。

今回も「さて、どうしたもんじゃろかのう・・」と腕組みしてしばし考え、これまでにあまりなかった方法を採用してみた。

「話し合うという方法」だ。

「ダイアローグという方法」とでも言おうか。

それも、直接の当事者である彼我だけではなく、他の人にも加わってもらってである。

これが思いのほかよかった。

その場の雰囲気がよかったとか、よい話し合いができてよかった、とかはもちろんだが、それよりなにより、結果としてできあがったものが「よかった」のである。

ちょっとした発見だった。

と同時に、その実践においてはよほど注意してかからなければならないということにも気づいた。わたし、つまり彼我の力関係において強いほうが考えや意見を押しつけないことだろう。いかなる場合も同じことではあるが、押しつけや強制は厳として戒めなければならない(どの口が言うんだよ、といった文句には耳を貸しません)。そうしないと、一見すると「開かれた方法」を採用したようでいて、そのじつは、単なる強制や押しつけのほうがシンプルでストレートな分よほどマシ、といった笑えない結果になりかねない(いや、よほど気をつけてないとけっこうあるんですよネそういうの、わたしだけじゃなく)。言わずもがなのことだが、ただただ複数で会話をすればダイアローグが成立するというわけではない。いわゆる「上」に、「場」を成り立たせるための自覚と努力がなければ、そこは単なるアリバイづくりや自己満足の場としてしか存在し得ないのだ。


と、そんなことなども考えつつ、とはいえちょっとした発見だったことに変わりはない。

とにもかくにも、そうかこんな方法もアリだなと気づいた。

あらたなラインアップに加わりそうな気配、いや、加えなければならないんだな(たぶん)。


 

 

 

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