答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

『酒の肴・抱樽酒話』(青木正児)をちびちびと読む

2018年09月22日 | 読む(たまに)観る

 

酒の肴・抱樽酒話 (岩波文庫)
青木正児
岩波書店

 

近ごろの晩餉のお供は日本酒だ。

「白玉の歯にしみとおる秋の夜の・・・」という牧水の短歌にならったわけでもないが、なぜか日本酒が呑みたくて、夜毎ちびちびやっている。

という日々と脈絡があるようでないようで、やはりあるのだろう。青木正児の『酒の肴・抱樽酒話』という本を、これまたちびちびと読んでいる。先日記した『及時当勉励歳月不待人』という拙稿にコメントをくれた「新潟のハム」さんがそのコメントのなかで教えてくれた青木正児(1887~1964)という中国文学者に興味をひかれたのがきっかけで、いかにもとっつきやすそうな題名のエッセイ集を手にした、とこういうわけだ。しかしてこの書、「樽を抱え酒の話」というタイトルからは想像がつかないほど格調高い。さすが岩波文庫に収められているだけのことはある(笑)。とはいえその内容はといえば難解なわけではなく平易だが、その語彙の多様さ、漢字の多さなどなどで、わたしのようなその道の素養がない者には簡単に読み進めることができない。しかし、それもまた秋の夜長の一興だ。こういう人のことを教養人と呼ぶのだろうな、といちいち感心しながら読んでいる。なにより、「為にする読書」にどっぷりと浸かってしまった感がある近ごろのわたしにとって、本を読むことの楽しさを思い出させてくれる書だ。

 

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 それはさておき、わが党も決して酒室にのみ引籠っておる者ではありません。酒徒は、やはり天地をもって家と為すべきで、興に乗じては何処にも出かけますが、私は例の市井の縄暖簾というやつは好みません。山林を愛する生まれ付きで、酒徒が、よく口ずさむ李白の「両人対酌 山花開ク、一杯一杯 復タ一杯」という詩の、あの境涯が最もわが意に適うているのであります。それから李白は独酌の詩を幾つも作っておりますが、独酌の興は対酌よりも自由で奔放で、一層酒を味わうに宜しいのであります。独酌といっても、多くの場合、月とか花とか、自然を合手にして酌むのですから、これもまた一種の対酌であって、決して淋しいものではありません。李白の「月下独酌」既ち月の下で独り酌む、と題する四首の詩の如きは、千古の絶唱であり、この道の経典であります。(P.207『酒の飲み方』)

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花間(かかん)一壺(いっこ)の酒

独り酌んで相(あい)親しむもの無し

杯(さかずき)を挙げて名月を迎え

影に対して三人と成る

(李白『月下独酌』より)

 

月と影と合わせて3人となった李白はこのあと、舞えや歌えやの春の夜を三人組で楽しむわけだが、今は秋。わたしはといえばこんなふうに独酌をしている。

 

白玉の歯にしみとおる秋の夜の酒はしずかに飲むべかりけり(牧水)


さあ、そろそろ仕事もお開きだ。今宵もちびちびと飲るとしようか。

 
 
 
 

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