答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

心ひとつで

2018年04月26日 | ちょっと考えたこと

「心頭を滅却すれば火もまた涼し」という。

心頭とはこころ、滅却とは消し去ること。いかなる苦痛であっても、心の持ちようひとつでしのげるのだという。

そんなことはないやろ、と思うわたしはしかし、

「北風吹きぬく寒い朝も心ひとつで暖かくなる」(吉永小百合&和田弘とマヒナスターズ)というフレーズなら腑に落ちる。

両者ともに、イマ風に言うと「ポジティブシンキングのすすめ」といったところだろうか。

 

「第二の矢」については何度か書いた。

第一の矢とは、身体で感じる事象である。

第二の矢とは、それに執着する心である。

 

重要なのは、第二の矢は現実ではない。非現実だということです。第二の矢はあくまで脳内でつくり出されるバーチャルなものに過ぎません。

ですから、第一の矢は避けられませんが、第二の矢は避けられます。苦痛を感じても、それに対する嫌悪感が生じるのを遮断できればいいのです。快楽も苦痛もただのデータだと受け止められれば、心が動じることはありません。

(『非常識な読書のすすめ』清水克衛、より)

 

本来的な意味からいうところの「第二の矢」とは、苦痛を感じる心(ネガティブシンキング)だけではなく、それと同等に、喜びを感じる心(ポジティブシンキング)にも執着するなということである。「執着する」という意味においては、苦痛も快楽も同じウエイトを持っている。どちらにも執着しない心を持つことが「第二の矢」を避け得る道となる。

とはいえそれは、わたしを含めた凡百の人間が生半にできることではない。だとすれば、「喜びを感じる心」はさておいて、まずはネガティブなイメージを増幅させる自分自身の心というやつを、これは「第二の矢」だと意識して消し去ることが肝要なのではないだろうか。「第二の矢」は、特に「苦痛を感じる心」としての「第二の矢」は、どこかで歯止めをかけないと、とめどなく増幅してしまうという特性を持っている。「第二の矢」が、その「第二の矢」に都合のよい物語を心のなかで紡ぎ始めると、必ずそこには虚構が潜り込んでくる。やがて脳内で醸成されたそれは、疑いようもない真実の物語であるという思い込みを当人にもたらせ、放射能を浴びたゴジラのごとく巨大化し、当の本人が制御することができないモンスターへと成長してしまう。

何をそんな大げさな、とお思いのアナタ。

そう自覚するべく心のなかをのぞいてみると、これがけっこうあるあるなのだ。

現にわたしは、今そいつとの闘争を繰り広げている。逃走したくなる心を抑えつつ闘争している。

「吉永小百合&和田弘とマヒナスターズ」を口ずさみながら。


♪ 北風吹きぬく寒い朝も心ひとつで暖かくなる ♪

 

 

寒い朝 吉永小百合 & 和田 弘とマヒナスターズ

 

 

 

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