答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

『おとなの小論文教室。』(山田ズーニー)を読む

2018年03月04日 | 読む(たまに)観る

筋金入りの三日坊主であるこのわたしが、『ほぼ日手帳』を使い始めてから丸3ヶ月。どうにかこうにかつづいている。どころか、使用開始1ヶ月後には『ほぼ日手帳Weeks』に加え『ほぼ日手帳』も購入し、前者を「これからやること」用、後者を「やったこと」用、に分けて使用し始めてから丸2ヶ月が経った。オギャーと生まれ落ちて以来の三日坊主体質たるこのわたしのこと、まだまだ予断はゆるさず明日をも知れぬ成りゆきではあるが、なんとか軌道に乗ってきたような気がする今日このごろだ。

さてその『ほぼ日手帳』、「日々の言葉」というものが載っているのは有名な話(って言ってもユーザー以外には知られてないかもしれない。現にこのわたしは使い始めるまで知らなかった。)。ご存じない方に説明しておくと、

 

ほぼ日刊イトイ新聞の数あるコンテンツの中から、
有名無名を問わず、よりすぐりの言葉を、
毎年厳選して、ほぼ日手帳に掲載しているのが、
1日にひとつ、365日の「日々の言葉」です。

(『ようこそほぼ日手帳CLUB』より)

 

というものである。

ある日、その「日々の言葉」にこんな文章が載っていた。

 

「自分との約束は平気で破るよね。

もしこれが、他人との約束だったら?

小さな子供と約束して楽しみにされてたとしたら?」

まるで小さな子供と指切りしたように、

きょう、自分にした小さな約束を守ろう。

ー 山田ズーニーさんが『おとなの小論文教室。』の中で

 

なぜだかこれがわたしの心にズシンと響き、

「山田ズーニー、なんちゅう名前や。」

とかナントカ独りごちたそのあと、当然のようにAmazonへと手がのびて、「山田ズーニー」で著作をチェック。「へ~」、けっこうな数の本を書いている。とはいえ、「今の今まで知らなかったんだもの。知らないものは知らなくて仕方がないじゃないか」と、『おとなの小論文教室。』(Kindle版)をチェック。これまた自然の流れで「1-Clickで今すぐ買う」ボタンを押す。「あゝまたやっちまったよ」という心の声を無視して、さっそく読み始める。

 

おとなの小論文教室。 (河出文庫)
山田ズーニー
河出書房新社

 

いやなに有り体に言うと、それほど期待はしてなかったのだ。

近ごろ西部邁本にどっぷりと染まっていたこともあって、ちょっと本を読むことに疲れていた。だから、何か箸休めのようなものが欲しかった。たぶん、そんな理由が大きかったのだと思う。

だがなにどうして、これが大当たり。

何がいいって、「言葉の使い方」がいい。そしてその言葉に、オジさんはたまらなく身につまされる。その、「身につまされる」のがたまらなくいい。だからして、読んでいると「わたしとわたしの環境」のことなどにすぐ置き換えてしまい、

「オレはどうなんだ?」

「アイツはどうなんだ?」

「オレとアイツはどうなんだ?」

などなどと、「わたしとわたしの環境」についての考察がぐるぐるぐるぐる回りつづけ、何度も何度も文章からトリップしてしまう。「箸休め」のつもりで読み始めたはずの本が、一気に読了したころには、「わたしとわたしの環境にどう向き合っていくか」という重い荷を両の肩にズシッと載せられてしまっていた。もちろんそれは、いつもいつでも向き合わなければいけないことだし、向き合ってきたことでもあるのだけれど、あらためて眼前にドーンとそれが突きつけられてしまうと笑ってしまうしかない。

そう、現実の重みってやつはけっこう笑えるものなのだ。

はいはい、と苦笑いしながらボリボリとアタマを掻く。


とはいいつつも、読後感にネガティブなものはまったくない。疲労感もない。あらためて現実の重さを突きつけられたにもかかわらずだ。どうしてだろうと考えるまでもない。たぶんわたしがこの人の文章を好ましく思うからだろう。

山田ズーニー『おとなの小論文教室。』、久々の大当たりだった。



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