答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

葛藤

2018年02月04日 | ちょっと考えたこと

office-egg life log site”(おおむらさんのブログ)より

ブログを書き進めているとある一定のベクトルが定まってくる。その方向が昨日は「批判的」な方向に作用し続けた。途中立ち止まり批判ではなく同意できる部分を書こうとしても勢いづいている批判のベクトルはことごとくそれを跳ね除けていく。こうなってくるととりあえず終止符をうつしかなかった。

なぜこんな情態に陥るのかという疑問を解くのは意外とあっさりとだった。

ブログを書くわたしの目の前には誰もいないことに気付けば説明がつく。モニターにはわたしの思考から書き出された文字が繋がり、行を重ねていく、繋げ重ねていく材料はネットに転がっているので事欠くことなく思考は登りつめていく。

マスターベーションだったようだ(笑

そしてこんな言葉が頭に浮かぶ。

寺山修司の「書を捨てて町に出よう」である。さらに「書を捨てずに町に出よう」、ついでに「パソコンも捨てずに町に出よう」と浅草のオヤジは言う。

 

 

そうなんだよな・・・と独りごちながら、「浅草のオヤジ」の顔を思い浮かべたその刹那、あのときのひと言が脳内に鳴り響いた。

「そんときゃ書くな」

もちろん、そのひと言には前段がある。10年前、浅草三丁目の居酒屋で、桃知さんが「これ美味いんだよ」とすすめてくれたのを断りきれずに、当時のわたしにとってはまさに禁断の果実、生搾りグレープフルーツハイをあおりながら、始めて2ヶ月ほどにしかならぬブログの作法についてレクチャーをしてもらっていたときだ。

「いいか、書くんならポジティブにだ。これだけは絶対守れ。」という桃知さんに、「腹が立ってたまらんときやネガティブにしかなれないときはどうするんですか?」と質問したわたしに対して、その日が初見だった師匠が返してくれた言葉が、「そんときゃ書くな」だった。

爾来、「ポジティブに書く」ことを自らに課しながらほぼ毎日を9年半。もちろん、辺境の土木屋の現実が、そうそうポジティブなものに満ちあふれた日々であろうはずもなく、カラ元気や偽りのポジティブワードを書き連ねたことも多々あるが、その言葉を肝に銘じて書きつづけたという事実は、たしかにわたしの脳内風景を変えた。

だがその一方で、葛藤はいつでもある。

いわずもがなではあるが、「ポジティブに書く」ということと「他人の批判をしない」ということは同義ではない。「批判的に書きつつもポジティブなトーンをくずさない」という書き方はできるはずだ。とはいえそれは、よほどの知性と筆力がなければ共存させることが困難でもある。つまるところ「ポジティブ」を優先させれば「批判的」は引っ込めざるを得ない。

手前勝手な思惑だ。「そりゃオマエ、体のいい屁理屈だろう。結局は覚悟がないだけ。事なかれ主義で逃げてるだけじゃないか」と別のわたしにたびたび詰られてもきた。だがそんな誹りを知らんふりして、自らのブログ作法としてそれを採用しつづけてきた。そんなヘタレなわたしだが、ただ、ひとつだけたしかに言えることは、書きつづけているからこそその葛藤があり、その葛藤のなかから得られるものが途上の人としてのわたしにとってトータルとして正か負かといえば明らかにそれはプラスに作用してきたということである。

 

 感性の葛藤を引き受けるということは、その葛藤においてバランス(平衡)をとることである。そしてその平衡を実現するために(葛藤を処理することのできる)総合的な感性を鍛え上げることにほかならない。(『保守思想のための39章』西部邁、P.36)


冒頭に引用させてもらったおおむらさんの文章は、まさにこのことを言い表しているのではないだろうか。 

吹けば飛ぶよなブログの主が、取るに足らない駄文を書き散らかす日々のくせして、何を大げさな、エラそうなことを言うんじゃないよという誹りは甘んじて受ける。だが、何を食っただの何を買っただの、はたまたオチャラケの戯言にせよ、自らの名前と存在をオープンにしたうえで自らで書いたものを晒すという行為をつづけるのは、大なり小なりそういうことだ。だからどうなのだというものでもないが、そういうものだとわたしは思う。だから、やめたいと思えばいつでもやめられるのにもかかわらずつづけている。

 

以上、「おおむらさんのブログ」を読んで考えたこと、である。

 

 

 

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