答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

育てる育てられる

2018年01月22日 | ちょっと考えたこと(仕事編)

去年の今ごろ、全国の有志が集まって高知県職員向けに「CIM勉強会」(のようなもの、しかも半ば押し売り)を開いた。

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2018.01.28『踏み出せば、そのひと足がCIMである

2018.01.29『古きを知り新しきを知る~高知県東部の土木構造物めぐり

最近マスメディアが騒いでるアノ問題で、「認めたO組」「認めないK建設」を筆頭にオールジャパン級のそうそうたるゼネコン各社に加え、北の大地に燦然と輝く中小建設業の星・砂子組、そしてなぜだかそこに紛れ込んだ高知県安芸郡北川村在住スキンヘッドの還暦の土木屋。

その催しから1年が経ち、今でもわたしの耳の奥に残っている言葉がある。

「アイ・コンストラクションCIMもICTも、わが社にとっての目的は人材育成なんです」

砂子組の近藤さんが自身のプレゼンテーションの最後に放った言葉である。

はっきりいってぶったまげた。もちろん、単なる憧憬の対象から始まり10年以上の付き合いになるのだもの、「人を育てること」にもっとも重きを置いているのは重々承知していたが、まさか、i-Constructionをして「人材育成のため」と断言できるとは。いやはやまったくもって恐るべしは砂子組、と畏敬の念を深くすると同時に、「どこでどう結びつくんだ?」という疑念が浮かんだまま消えなかった。

あれから1年が経ち、そのあいだも折りにふれ思い出すことはあったが、やはり答えは出ずじまい。かといって直接それを確かめるでもなく今に至った。

答えらしきものが出たのはつい先週のことである。遠路はるばるわたしに会いに来てくれた御仁がいた。話の途中、どういう成り行きだったかは忘れたが、「わたしの場合、CCPMであれCIMであれ、コミュニケーションという柱が共通項としてある。そこから肉付けできるものしか取り組まない。もしくは、取り組んだとしても結局はそこに収斂していくものしか残らない」というような話をした。初めてする話ではない。持論である。自ら積極的に吹聴することはあまりないが、「なぜCCPM?なぜCIM?」をわたしに対して問うた人には必ずといっていいほどしているはずだ。

だが今回はいつもとチト違い、持論を披瀝したのち脳内に「はてな」が浮かんで消えなかった。

「コミュニケーション」が背骨であることに違いはない。

だがそれだけか?

本当にそれだけだったのだろうか?

 

つづける。

倦むことなく飽きることなくつづける。

と言えば体裁はいいが、現実には倦むことも飽きることもある。

「あきらめたらそこでゲームセットですよ」とはたしかに名言ではあるけれど、一度や二度あきらめたぐらいで渡る世間の試合は終了しない。

で、またつづける。

つづけはじめる。

それが「変わりつづける」ということだ。

その繰り返しのなかから「変わりつづける」文化を根づかせていく。

現実には、「根づいていくんじゃないか」という希望的観測と「根づいていったらイイナ」という願望的期待にしかすぎないかもしれないが、その繰り返しが人材育成につながる。色々さまざまな試みや取り組みには、そもそも「人を育てる」という大きな目的がその底にあったはずだ。

だとすれば・・・・

「i-ConstructionもCIMもICTも、わが社にとっての目的は人材育成なんです」

去年の今ごろ、砂子組の近藤さんが自身のプレゼンテーションの最後に放った言葉がストンと腑に落ちた。

もちろん、彼がどのような想いでその言葉を発したかについては、直接たしかめてないのでわからないが、少なくともわたしのなかではピタッと符号した。脳ではなく身体がわかった。

 

ザマアないネ・・・と頭を掻く。

これぐらいのことを理解するのに1年も要したかと思うと情けなくなってしまったのだ。

ケドまあそれでもエエやないの・・・と思い直す。

つづける。

つづけはじめる。

変わりつづける。

変わりつづけはじめる。

その繰り返しのなかから育てられるのは、他ならぬわたし自身でもあるのだから。

これからです。60ですけれども。

 

 

 

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