答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

サケニモウシワケナイデハナイカ

2018年01月12日 | 食う(もしくは)呑む

大相撲をめぐる一連の問題についてここで触れるつもりはなかった。

だが、某行司や某親方の、「泥酔していた(から)」とか「酒癖が悪い(から)」とか、あたかも「酒のせい」だと言わんばかりの言い訳を聞くにおよんではそうもいかなくなってきたので、ひとこと記しておくことにした。ひょっとしたら、「酒のせい」にしておけばナントカ逃げおおせるのではないか、という計算が個人的にも組織的にもはたらいているのかもしれない。

キチガイミズを呑んだからキチガイになってしまった。ボクが悪いのではない。キチガイミズが悪いのだ。

てなもんである。

だが、そうだとしたら尚さらのことナニヲカイワンヤではないか。

事象そのものは、取り立てて大騒ぎするほどのことではない。ソッチのほうの趣味がなくても、大酔いすると男女関係なく接吻をしようとする奴はときどきいるし、酔うと誰かれかまわず抱きつきたくなる酒癖の持ち主もいる。事ほど左様に、酒というやつは理性を破壊してしまうものだ。(よくないことだが)よくあることだ。

そういうわたしとて、「酒に身を委ねるな」とか「酒は呑んでも呑まれるな」などとエラそうなことを言ってはいるが、酒席あるいは酒席の果てで起こした失敗は数数え切れないほどある。今でこそ大きな失敗はなくなったが、今でも些細なことを数え上げればキリがない。

だったらいっそのこと呑むのを止めればどうだ、という声が聞こえてきそうだが、将来はいざ知らず、今のところ止めるつもりはさらさらない。

だから尚さら思うのだ。 

「酒のせい」にしてはいけないと。

そんな奴は酒呑みの風上に置けないと。

なんとなればわたしは、酒によって世の中を広げてもらった。

いうなれば、酒はわたしの友だちだ。

もひとつ言うとわたしは、酒に救われたことがいく度もある。

いうなれば、酒はわたしの恩人だ。

言わずもがなのことではあるけれど、無粋を承知で付け足しておく。この場合の酒は、酒とともにあるもろもろをすべて包括して「酒」である。

だからわたしは、何があっても酒のせいにはしたくない。


だいいち、そんなことを言ってしまったら、

サケニモウシワケナイデハナイカ。

ねえ (^_-)

 

 

 

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