答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

1985年の”大吉”

2017年11月19日 | ちょっと考えたこと

空前の「猫ブーム」なんだそうな。

そういえばここ何年か、テレビやWebやで猫が目につくとは感じていた。

そういうわたしは、ずっと猫がきらいだった。いや、きらいというより、猫という生き物は、なんだか得体が知れなくて苦手だった。

そんなわたしだが、60年の人生でいちどだけ猫を飼ったことがある。

32年前の春、ある夜のできごとがきっかけだった。

 

 

ときは昭和59年、ところは仙台。付き合っていた彼女との半年あまりの同棲生活にケリをつけ、アウア・スイート・アパートに居を移したばかりのころだった。彼女は夜8時が過ぎなければ家に帰れない仕事で、わたしもまた9時前に戻るなどということはあり得ない。おまけに休日は違うし、違うだけならまだしも、わたしという人間は週イチの休みすらままならない。そんな環境ながら、そこはそれ、「若い」というのはそんなことへっちゃらにしてしまうエネルギーを内包しているもんだ。別にどおってこともなく、いわゆる新婚の日々をたのしく過ごしていた(たぶん)。

そんなある夜。遅い夕餉を2人でとっていたときのことだ。

外で猫がなく。

なきやまない。

いや、付近には猫が多くいて、なく日は珍しくはなかった。だがその日のなき声は、どう考えてもわが家の玄関のドアのすぐ外から聞こえてくる。猫が苦手なわたしはしばらくうっちゃっておいたが、妻はなんだか落ち着かない。

(そうそう、彼女は猫好きだったのです)

ドアを開けて外を確かめたいのに、猫嫌いのわたしに遠慮してできず・・・

そんな気持ちを察しながら、

「ほっとけ」

と冷たく言い放つわたし。

(あのころも今も、おのれの無情さにはゾッとしてしまうことがありますネ)

だがその声は、猫が苦手なわたしでもわかる、なんだか本当に泣いているような、切実味をおびてたものになってきて、そのうちその声の主は、マイ・スイート・アパートのドアの外から動かなくなり、まるで助けを求めるかのように、いっそう大きく泣き出した。

いてもたまらなくなった彼女がドアを開けると、何かを訴えるかのように彼女を仰ぎ見て部屋に入ってきたのはいたいけな子猫。その半身は、何が原因かわからないが毛が剥がれて地肌がむき出しになっている。子猫の体積と傷の面積を対比すると、あだやおろそかなる状態ではないことは瞬時にわかった。

さて・・・

いかに猫が苦手なわたしとて、そんな子を無碍にすることはできない。

まして・・・

すがるような目でわたしを見るマイスイートラバーがそこにいる。

そうだ。

アパートからすぐの職場近くに、古びた獣医院があったのを思い出した。

うろ覚えの看板の文字を電話帳で探しSOSすると、来てくれるという。

ほどなくすると玄関のチャイムが鳴った。

ドアを開けると、ごま塩アタマに赤ら顔の小柄なおじいさんがそこにいた。

救急救命医登場、と思って安心したコチラの意思に反し、彼を呼ぶまでのいきさつを聞いたおじいさん、その風体からは想像がつかないほど冷静にこう言った。

「で、どうするんですか?」

「・・・・」

「瀕死の猫を助けたいというアンタたちの気持ちは立派。けどネ、いっときの情けだったらかけないほうがマシ。かわいそうだけど止めときなさい。(もちろん、ばりばりの仙台弁です)」

うむむ・・・

思いもかけない展開に絶句して、かたわらの妻を見ると・・・

あらあら、数十分前にもまして、すがるような目でわたしを見ている。

刹那、腹は決まった。

「飼います。だから治療してやってください」

「うんうん、立派な心がけです。きっとアナタたちにはいいことがあるでしょう。では治療しましょう(もちろん、ばりばりの仙台弁です)」

と、おもむろに取り出した注射針を、あろうことかその老医師は、手裏剣よろしく子猫に投げつけた。

「ギャ!!」

と声にもならぬ声を上げる子猫。

「え?」

利いた風なことを言うわりにその老獣医師の治療が雑すぎることに目を丸くするわたしたち。

その後、何か月かつづいた治療のあいだじゅう、おじいさんはずっと「手裏剣」の使い手だった。

 

爾来、その猫を飼った。

妻は、好きだった根津甚八の飼い猫にちなんで”大吉と”名づけた。

娘が生まれることが決まったとき、周りから捨てなさいと言われたのを始めとして、色々さまざまな紆余曲折を経て、終いには海を渡って土佐の高知まで連れてきたそのあいだ、あの大怪我がたたっていたのか、なんだかんだと病気がちで、結局その生涯は短かった。


「猫ブーム」というニュースを目にした昨夜、あらためて妻に聞いた。

「あの夜のちょっと前、親猫といっしょにいた子猫が可愛くてちょっかいをかけ遊んだことがあったって言ってたよなあ」

「うん、2回ぐらいあった」

「そのときケガしてた?」

「わからん。夜やもん」

「で、”大吉”がドアの外で泣いてたあのとき、その親猫はどうしてたんやろ?」

そう問うわたしに彼女が返した言葉は、

「たぶん、あの家へ行け、って親が言ったんだと思う」。


「そんなことはあれへんやろ」と、他のことなら笑ってそう受け流すわたしだが、今でも耳に残るあの夜の泣き声を想い起すと、「あり得ない話じゃないな」と思う。誰がなんと言おうとも、少なくともわたしたちのあいだでは、そのストーリーでいいじゃないかとも思う。

 

 

空前の「猫ブーム」なんだそうな。

子どものころかずっと猫が苦手だったわたしが、いちどだけ猫を飼ったことがある。

たぶん、もう飼うことはない。

 

 

 

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