答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

華やかな都市も出稼ぎの男たちが造る。(『出稼ぎ哀歌ー河辺育三写真集』より)

2017年11月07日 | 土木の仕事

きのう紹介した『出稼ぎ哀歌ー河辺育三写真集』。

 

出稼ぎ哀歌―河辺育三写真集
 
ブックショップマイタウン

 

もちろん当時の出稼ぎ先での生活模様を切り取った数々の写真もいいのだが、わたしはやはり、前半部分に収められた工事現場ではたらく人たちの写真に心を打たれた。

泥だらけセメントだらけになって行う作業、どこからどう見ても危険そうな作業だ。もちろんキツいだろうというのは、言わずもがな、容易に想像がつく。

「キツイから、キケンだから、キタナイから」

だから若年労働者が就労してくれない。それはたしかにそのとおりかも知れない。しかし、「だから3Kではない業界にしなくてはならない」、「だから3Kではない業界であることをアピールしなくてはならない」、という主張はちょいと違うのではないか。

たしかに今という時代の建設業は、「キツいのも、キケンなのも、キタナイのも」、この本に登場する4、50年前の人たちがしていた仕事には比べるべくもないほどになった。しかし、だからといって「キツくはない、キケンではない、キタナクもない」ことなど、この仕事にはあり得ない。

「キツイから、キケンだから、キタナイから」

そう考える若者たちに媚を売って入職してもらおうという了見がそもそも違うのだ。

「キツいのに、キケンなのに、キタナイのに」

それもこれもひっくるめて、この仕事をやろうとしてくれる若者たちをもっと評価し、そういう若者たちを掘り起こすことが必要なのだ。また、たとえ自ら進んでではなくひょっとしたら嫌々渋々しょうがなく始めてしまったかつてのわたしのような者だったとしても、そこにやり甲斐と張り合いを感じ誇りと希望が持つことができるような仕事にするのが重要なのだ。そこのところを抜きにして、「(それほど)キツくはない、(それほど)キケンではない、(それほど)キタナクもない」のが、さも現実かのように、あるいは、「キツくはない、キケンではない、キタナクもない」のが、「土木という仕事」の目指すべき未来であるかのように喧伝するのは、ごまかしであり、目眩ましであり、まやかしであるとわたしは思う。

ふ~っ・・

 

華やかな都市も出稼ぎの男たちが造る。

 

書中、とある写真につけられたそんなキャプションを目にし、脳内で何かがはじけた。何ヶ月も前から出よう出ようとして、何かにつっかえて出力されずにいた言葉が、思いもかけずぼろぼろとあふれ出てきた。少し練度が不足しているような気もするが、ええいままよ、とリリースすることにした。見た目のよさや耳に当たりのよい言葉にまどわされていては物事の本質や本当に大切なものが見えなくなってしまう。余人は知らず。少なくとも「土木という仕事」に従事する者はそうであってはいけない。そう、強く感じたゆえ。


 

 

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