答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

『「物事をわかりやすく、わかりやすく」という姿勢でずっとやってきましたが、それだけでいいのかなと。』(池上彰)

2017年10月26日 | 読む(たまに)観る

言葉については、私もちょっと悩んでいることがあるんです。「物事をわかりやすく、わかりやすく」という姿勢でずっとやってきましたが、それだけでいいのかなと。

もちろんわかりやすく伝えるのは大事なんですけど、みんながわかりやすさばかりを重視していると、難解な言葉の言い回しや、それを読解する力、あえて苦労して理解しようとする力が失われていくんじゃないか。だとしたら、よくないなあと思うんですね。

 

『95歳まで生きるのは幸せですか?』(瀬戸内寂聴×池上彰、PHP新書)でこう言っているのは池上彰さんだ。

 

95歳まで生きるのは幸せですか? (PHP新書)
瀬戸内寂聴×池上彰
PHP研究所

 

う~ん、これについてはわたしも、ちょっとばかり悩んでいる。もちろん、「わかりやすく伝えるプロ」たる天下の池上彰と、わかりやすくしようとすればするほど回りくどい言いまわしになって、かえって相手を悩ませてしまう羽目になることが多々ある辺境の土木屋とでは月とスッポン泥と亀、比較の対象にもならないのだろうが、それでもだ。このことについてはわたしなりに同様の思いがあり、池上さんに全面同意だ。

一方、こんな人もいる。

 

ちなみに僕は新聞や雑誌に寄稿したときに「難しいから書き直せ」と言われた場合には「じゃあ、いいです」と言ってそれきり書かないということにしております。15年前にメディアに書き出したからずっとそうです。
それはメディアの人たちが「難しい」というのがいったい何を基準にしているのか、僕にはよくわからなかったからのです。
もしそれが読者の中で「最低のリテラシーのもの」でもすらすら分かるように書くというのだったら、新聞も雑誌もひたすらレベルを下げるしかありません。それも一つの「サービス」だと言えるかも知れませんが、リテラシーがいくら低くても情報収集に支障がないという情報環境を作り上げることで社会の知的活動が一層活発になるという見通しに僕はまったく同意することができません。 

『内田樹の研究室』2017.01.15「『難しさ』とは何か?」より)


内田樹さんだ。

わたしは、「同意することができません」という彼に同意する。

このテクストの結び、内田先生はこうも書いている。

 

僕たちは母語を習得するときに、自分が知らない語が、自分が知らない文法規則に基ついて、自分が再生できない音韻で語られるのを聞いて育ちます。人間というのは「そういうこと」ができる生き物です。知らない言葉を浴びるように聞いているうちに、知らない言葉の意味がわかってくる。


得てして、「わかりやすく」伝えようとするのは、「知らない言葉を浴びるように聞く」という環境に自ら進んで身を置き「知らない言葉の意味」をわかろうと努め「知らない言葉の意味」を会得する、というサイクルのなかに生きる人である。だからこそ、自らのそういった行為は棚に上げ「わかりやすく」伝えようと努力する。

とはいえ、「簡単」とか「わかりやすい」ことを錦旗とし、難解であることを難解であることだけを理由に遠ざけてしまうような風潮は、「バカを増産させているだけ」だとも言える。いや、たぶんそうなんだろう。

それでも、自らは(自らにとって)難解なものの習得に勤しみ、他人に対してはそれを平易な語彙や「わかりやすい」言い回しでもって「わかりやすく」説く。自分自身の基本的スタンスはここに置くべきだろうと思いつつ、


もちろんわかりやすく伝えるのは大事なんですけど、みんながわかりやすさばかりを重視していると、難解な言葉の言い回しや、それを読解する力、あえて苦労して理解しようとする力が失われていくんじゃないか。だとしたら、よくないなあと思うんですね。


という池上彰さんの言葉に、わたしの思索は戻っていってしまう。

ああ、堂々めぐりの秋の朝。


 

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