今日登場する彼は、実在の人間ではない。いや正しくは実在する複数の人間を足し合わせてできあがった像なので、実在でないことはないが、特定の個人を指しているのではないことを断っておく。
さて彼だ。当の本人は困ってもなさそうだが、わたしから見れば近い将来高い確率で困るであろうことが予想できる案件を持っている。そしてそれに対しては、早く手を打てば打つほど効果的だということを、わたしはわかっている。そんな場合にわたしは、どのようなアクションをとるべきか。わたしの立場は、たとえば上司、たとえば先生・・・いわゆる「上に立つ者」だ。さて・・・。
たとえば助け舟を出すとする。問題が前倒しで解決される。「ほら見ろどんなもんだい」、と得意げなわたし。だが、その一方で彼はその成果がどうもよくわかってない。よくあることだ。
そりゃそうだ。彼は困ってなかった。もしくは、少しは危機感があったかもしれないが、「いずれ困る」と自信たっぷりのわたしの「困る」ほど、彼にとっては切実な問題としての「困る」ではなかった。そのように、現実の問題として困ってない場合、いくら理屈で説明されてもよくわからないのが普通だろう。
「転ばぬ先の杖」という諺がある。失敗をしないようにあらかじめ準備をしておくことを指している。転ぶ前に杖を準備しておくのは、「転ぶ」(かもしれない)というリスクを感知した当の本人でなければならない。「転ぶ」(だろうな、きっと)というリスクを見透かした他人であっては、「転んだ」という結果から得るものは少ない。だから、あえて「転ばせる」。気づけばよし。気がつかなくても「杖」を与えることはしないし、してはならない。
そうおっしゃる方々がよくいる。
そうだろうか?
とわたしは思う。
世に「失敗は成功の母」という。かといって、皆が皆おのれがしでかした失敗を「成功の母」とできるわけではない。そこで必要なのは、失敗を「ふりかえる」謙虚さと、そこから「気づき」を得るための感性だ。それがない人は、失敗を成長の糧にすることができない。
今という時代のビジネス環境では「失敗をするとわかっていて失敗をさせる」なんて悠長なことは言ってられない場合のほうが多い(いやいやだから、仕事に限定した話じゃないんですって ^^;)。失敗はできない。失敗はさせられない。そんな場面のほうが多いのではないか。そんななかで、「失敗をさせろ」とか「転ばぬ前に杖を出すな」とか言う人は、無責任でさえあるとわたしは思う。そうだとしたら、必ずしも、現実に「痛い目を見る」ことだけではなく、仮想現実としての失敗や他人の経験則としての失敗でも十分効果を発揮するようにすべきではないだろうか。
そこでは何が必要とされるか。たいせつなのは、「転ぶ」痛さと「杖」の重要性を理解する「感性」と「知性」。そしてそれを磨くことが、現実の失敗と仮想現実や見聞きした失敗とを等価値とし、どちらであっても「今日の転ぶ」を「明日の糧」になるための力を生み出す。
そのためには何をすればよいか。
一個の人間ができる体験など(量的には)たかが知れている。
その限られた体験を二人分にも三人分にもふくらませてくれるのが、たとえば、「本を読む」であり、たとえば「人の話を聞く」であり、たとえば「人と会話する」であり、という他者との関わりである。そしてその他者との関わりのなかで、自分の身体で行動し自分の頭で考え抜く。
「本を読む」という行為に他者との関わりがある?
と疑うそこのアナタ。いやいやあながちそうでもないのだ。一見孤独な営みのように見える「本読み」は、行けないところへ行けるし見えないところが見えるし、他者の思想や行動を自家薬籠中のものとして感じ、そこから学び考えるという意味で、他者との関わりだとわたしは思う。
彼に話を戻そう。
結局のところ、わたしはわたし自身の意思で彼を変えることができない。彼を「変わる」のスタートラインに立たせるのは彼の「意思」であり、彼の「意志」によってしか彼は「変わる」の可能性を拡げていくことができない。
ではわたしは、そのために何もしなくてよいのか。
いや、しなくてよいはずはない。手を変え品を変え、時と場合を使い分け、手を打ちつづけなければならない。
なぜか。理由はこうだ。
果たして、「正しい上司と愚かな部下」という組み合わせはあるでしょうか?
「そりゃあるさ、大いにあるさ」と言いたい方はいくらでもいるでしょう。しかし、これは間違いです。どうしてかと言うと、部下を愚かなままにしておく上司は、「いい上司」でも「正しい上司」でも「賢く正しい上司」でもないからです。部下の愚かを野放しにしておくのは「愚かな上司」です。
「愚かな上司と正しい部下」の組み合わせはあり、「愚かな上司と愚かな部下」の組み合わせもあって、「正しい上司と愚かな部下」というペアはないのです。
(『上司は思いつきでものを言う』橋本治、集英社、P.156より)
上司は思いつきでものを言う (集英社新書) | |
橋下治 | |
集英社 |
(いやいやだから、彼は「実在の人間」でも「実在の部下」でもないんですって ^^;)
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