答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

「号泣」から考えたこと

2017年07月19日 | ちょっと考えたこと

いつごろからだろう。

「号泣」という言葉が、わたしにとって目ざわり耳ざわりになって久しい。Webでテレビで新聞で、媒体のいかんにかかわらず、ふつうに「号泣」という言葉が使われているような気がする。

「号泣」、言わずもがな、「大声をあげて泣く」ことだ。

まず真っ先に思い浮かぶのは、海をへだてたお隣りの国の人たちの姿だ。民族性なのだろう。彼の国の人たちには、文字どおり大声をあげて泣く人が多いようだ。ひるがえってわたしたち日本人は、幼い子どもは別にして、大声をあげて泣くことはめったにない(はずだ)。

各種のメディアがつける「号泣」というタイトルどおりに泣いていたのは、あの元兵庫県議会議員ぐらい、という実感しかないわたしは、「なぜ号泣?」とそのオーバー過ぎる表現に出会うたびに辟易している。

 

だが、ここで驚愕の事実。

『大人の語彙力が面白いほど身につく本』を読んでいて知ったこと。「国語に関する世論調査」で話題になった言葉、というタイトルがついている項のひとつに、その「号泣」があった。

 

号泣する・・・本来の意味は「大声をあげて泣く」だが、48.3%の人が「激しく泣く」という意味だと思っていた言葉。

 

つまり、半数の人は、大声を出さなくても「号泣する」だと思っているという調査結果から導き出されるのは、声も出してないのに「号泣」だと表現しているアレは、大げさに言ってるわけではなく、そう思いこんでいるだけだったという現実だ。(あ、言っときますが、「激しく」なくても「号泣」と使っている場合もかなり多いようですね。これは論外)

と、くだんの本に戻り、「号泣する」の隣りに目を移してみると、

 

うがった見方をする・・・本来の意味は「物事の本質をとらえた見方をする」だが、48.2%もの人が「疑ってかかるような見方をする」という意味だと思っていた言葉。

 

が~ん。間違っていた。

不安になり次々と読む。

 

にやける・・・本来の意味は「なよなよしている」だが、76.5%もの人が「薄笑いを浮かべている」という意味だと思っていた言葉。

 

失笑する・・・本来の意味は「こらえきれずに吹き出して笑う」だが、60.4%もの人が「笑いもでないくらいあきれる」という意味だと思っていた言葉。

 

やぶさかでない・・・本来の意味は「喜んでする」だが、43.7%もの人が「仕方なくする」という意味だと思っていた言葉。

 

やおら・・・本来の意味は「ゆっくりと」。それなのに、43.7%の人が「急に」「いきなり」という意味だと思っていた言葉。

 

姑息・・・本来の意味は「一時しのぎ」だが、69.8%もの人が「ひきょうな」という意味だと思っていた言葉。「姑息な手段」はひきょうな手段ではなく、一時しのぎの手段。

 

が~ん、が~ん、が~ん。

ゼンゼンダメデワナイカ ^^;

 

「号泣」がどうとかこうとかいうレベルではない自分自身に対してショック、そして大いに失望。

60年も生きてきて、しかも、いっぱしの本読みを気取って生きてきて、それだけ薄っぺらな知識しかないとは・・・。

 

しゃあない。

ありのままの現実を受け入れ、次へ向かう方策を考えるのが正しいオジさんの在りようだ。

であれば、

「はたしてこの語彙は正しい用い方をしているか?」

と、いつもいつでも自分自身に疑いの目を向けようと思う。

幸いなことに、「今というWebの時代」は検索する気さえあれば、ある程度の解にはたどりつけるという便利なことこのうえない時代だ。 やる気さえあれば、齢耳順になった今でもまだまだ遅くない。

(はずだ)

(たぶん)

(と、自分で自分に言い聞かす)



大人の語彙力が面白いほど身につく本
話題の達人倶楽部[編]
青春出版社


 

 

 

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