答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

人生なんだかんだ言いますが

2017年07月08日 | ちょっと考えたこと

知り合いが、とある講演会に参加することを聞きつけたわたし。

発表者のひとりとは旧知の仲(二度しか会ってないが、そう思わせるような人)だったことから、「声をかけてみたら」と勧めてみた。

触媒者たらんとしたわたしの思惑どおり、スピーカーの話は彼の心にビビッときたようで、

「同じニオイがした」

「勝手に親近感がわいてきた」

というのが、聞き終わったあとわたしにくれた感想だ。

「そうだろそうだろ、オレもそう思ってたんだよな」

と、独りほくそ笑むわたし。

フムフム、目論見どおりである。

目論見どおりではあるが、ここでたいせつなことを見落としてはならない。

それは彼が「行動した」という事実だ。彼と彼がつながったという形は、行動の産物としてあるという事実だ。

「声をかけてみたら」というわたしの言葉を受けて、するかしないかは彼の自由だ。いくらわたしが触媒者たらんとしても、あとは受け取った本人が決めること。行動の自由的には行くことと行かざることのどちらもが正しい。そして、それを踏まえたうえで「行く」をチョイスするのはもっと正しい。

なぜこんな回りくどいことを書くか。

せっかくの機会をみすみす逃してしまう人が多いからだ(かつてのわたしがそうだったように)。

「出会い」と、そこから派生する「つながり」は、人が成長するための栄養素として大きな役目を果たす。

そのことに気づかないか、あるいは気づいていてもあえて無視しているか、はたまた気づいているけど行動できないか。いずれにしても、「チャンスの前頭部」(※)をつかみそこねる人は多い。

 

山と山とは会えないけれど、人と人とはまた会える。袖触れ合うも他生の縁。人生なんだかんだと言いますが、やっぱり縁(えにし)なんでございますよ。

 

とは浅草の師匠に教えてもらった言葉だ。

縁は、待っているだけでは、その大半が通り過ぎるか逃げて行く。そして、多くの人がそのことに気がつかず過ぎていく。

「出会い」と、そこから派生する「つながり」(すなわち縁)は、多くの場合、行動した者のその行動に対するご褒美としてある。

 

「ヤレヤレ、ほんの小さな出会いがあったとかなかったとかでなにをそんな大仰な」、とお思いのそこのアナタ。

そんな小さなことの積み重ねがやがて花開くことがある。思いもかけない展開となることがある。そこでまた、オープンマインドでポジティブな姿勢でそれに向き合うことが、さらに新たな縁につながる。そして当然の帰結としてそれは、自分自身にプラスに作用する。

 

山と山とは会えないけれど、人と人とはまた会える。袖触れ合うも他生の縁。人生なんだかんだと言いますが、やっぱり縁(えにし)なんでございますよ。

 

あゝ、また脳内でリフレインするのだ。

 

 

 

※チャンスの前頭部

チャンスは前頭だけに毛髪があり、後頭ははげている。もしこれに出会ったら前髪を捕らえよ。一度にがしたら神様でもこれを捕らえることはできぬ。(フランソワ・ラブレー)


チャンスの神様”カイロス”(ギリシャ神話より)

 

 

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