答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

追悼の日

2017年03月10日 | ちょっと考えたこと

 

ゆうちょ銀行の、全国それぞれの地域への想いをつづった「ゆうちょマチオモイカレンダー2017」、「北海道・青森・岩手・宮城・秋田・山形・福島・長野・新潟・石川・富山・福井版」の3月は気仙沼編だ。

といっても、わたしの家にこれがあるわけではなく、釜石の青木さんに教えてもらったものである。

 

ぼくが生きたこの町は

哀しみを決して忘れない町

哀しみを生きる

強さに変えた

すべての人を守る町

 

ぼくが生まれたふるさとは

海と生きると決めた町

海と寄り添う覚悟を決めた

誇り高き港町

 

明日、6回目の「3.11」を迎える。

マスメディアでは、さかんにそのことが伝えられ、特集が組まれ、あまたの物語が発信されている。まるで「この時ぞ」とばかりのその様が、生来のヒネクレモノであるわたしは、あまり好きではなかった。「ふだんもやれよ」、てな感じである。

毎日日にち駄文を書き散らかしてはいるが、そのことに触れることはほとんどなく、「3.11」が近くなると思い出したようにそれにまつわる何かを書き、「それでお終い」という自分であるにもかかわらずだ。

しかし、たとえ一年に一度だったとしても、忘れないため風化させないために「追悼の日」はたいせつだ。

たとえば今日、3月10日は東京大空襲の日である。近ごろでは「3.10」を取り上げるマスメディアもほとんどない。現代世界史に特筆しておくべき大惨事であるにもかかわらず。「3.11」に隠れて目立たなくなった、という見立てもできるのかもしれないが、明らかにこれは風化だと思う。ことほど左様、当事者にとっては忘れようとしても忘れられないことも、他人や門外漢は年月が経てば経つほど記憶が薄れていく。哀しいけれど、人間というのはそういう生き物だ。

であればこそ、風化させないためにも「追悼の日」は必要で、その日にきちんと「追悼」することが、風化を防ぐためにも大切な心の持ちようなのだ。

そう考えをあらため、「まったく、どうしようもないネ、このヒネクレモノは」とスキンヘッドをポカリとたたく2017年3月10日。

 

 

 

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