答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

忙裏山我を看る、閑中我山を看る。

2017年02月25日 | ちょっと考えたこと(仕事編)

忙裏山我を看る、閑中我山を看る、

相以て相似ず、 忙は全て閑に及ばず。

 

『私本太平記』にある文天祥の詩の一節だという。

久々に、『日々(いや、気のむくままに)読み書き』を訪れて知った。

訳すると、

忙しいときは山が私たちを看ている。心にゆとりができると私たちが山を看るようになる。
これは、似ているようで全く似ていない。忙しいのは、閑なことに及ばない。

という意味なのだそうだ。

 

「忙しい」

悪いことではない。ありがたいことだ。

だが、忙殺されるのはよくない。

「忙しい」に心を奪われ、「忙しい」ことだけに集中し、余裕がなくなってしまう。これがイチバンよくない。そういうときは、意識して「閑」をつくり出す。それが正しいオジさんの作法である。

「閑」はつくり出すものだ。

もてあますほどの暇は、あげるといっても要らないが、適度な「閑」は、つくり出してでも必要かつ不可欠だ。

 

そんなことなどを考える2月最後、「忙中閑あり」な土曜の休み。仕事のことはいっさい考えず(と言っておこう)、一日中孫と過ごした。

~いやいや、そう書くとちょいといいカッコが過ぎる。あらためてそういうほど忙しくはない。わたしにとっての「忙しい」は、メシを食えないとか、眠る間がないとか。まあしかしそれはそれ。とりあえず「忙中」ということにしておこう。~

自分自身がしてきた子育てを考えれば、月とスッポン泥と雲な、甘々な相対し方ではあるけれどそれはそれ、人間だもの彼も吾も。幼な子と爺の駆け引きにも、渡る世間にすべからく通底する関係が圧縮されていて楽しかった。


閑中我山を看る、

「じいじじいじ」と言う孫と。

 

 


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