答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

サンダーバードに揺られながら『男の作法』(池波正太郎)を読んだ

2017年02月23日 | 読む(たまに)観る

昭和56年といえば、わたしは24歳。

 

この本の中で私が語っていることは、かつては「男の常識」とされていたことばかりです。しかし、それは所詮、私の時代の常識であり、現代(いま)の男たちには恐らく実行不可能でしょう。時代と社会がそれほど変わってしまっているということです。(『男の作法』池波正太郎「はじめに」より)

 

と池波正太郎が書いているところの、「かつての男の常識」を「恐らく実行不可能」な「現代(いま)の男たち」の、れっきとした一員だった。そして1923年生まれの著者はこの年58歳。ちょうど今のわたしと同年代だ。時おりそんなことなどを思い浮かべながら、『男の作法』を読んだ。サンダーバードに揺られながら読んだ。

 

男の作法 (新潮文庫)
池波正太郎
新潮社

 

 やはり、顔というものは変わりますよ。だいたい若いうちからいい顔というものはない。男の顔をいい顔に変えて行くということが男をみがくことなんだよ。いまのような時代では、よほど積極的な姿勢で自分をみがかないと、みんな同じ顔になっちゃうね。(Kindle版位置No.202)

 

自分の顔がいい顔なのか、そうでもないのかは、断じて自分自身が決めることではないし、いかな自惚れ屋のわたしとて、自分の顔がそれほどいい顔だとも思ってないが、たしかに言われてみればそのとおりではある。もちろん言わずもがな、この場合の「いい」とは、男前だとかハンサムだとかとは別の次元の「いい」であり、歳月を経てみがかれた男は、一様に顔がいい。その反対によくない顔は、いたずらに歳月を経てきたのみでみがかれてない証左である。

『男の作法』が書かれてから35年。その間、池波正太郎が言うところの「いまのような時代」を「現在(いま)の男」として生きてきたわたしが、この「いい顔」の話を始めとして書きされていることの多くに共感し、著者がいうところの「かつての男の常識」の多くを、それほど「非常識」なものとして感じないのは、元々わたしがタイプとして「古い」人間だったからか。とはいえそれらの多くは、「いまのような時代」を生きてきたヘタレな現代の男たるわたしが、真似をしようともとうてい真似することができ得ないようなことばかりには違いない。

勉強になります。

サンダーバードに揺られながら、電子書籍で『男の作法』を読み、タブレットに頭を垂れるオジさんなのだった。


 

男の作法 (新潮文庫)
池波正太郎
新潮社


 

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