答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

小中学校の校長先生たちを前に「三方良し」を語ったこと

2016年04月15日 | 三方良しの公共事業

小中学校の校長先生たちの集まりでしゃべってくれと頼まれ会場入りすると、「講師・・・」という大きな紙が張り出されているのを発見。思わず赤面しそうになる。

あらためて今日がどんな会なのかを思い知るのとほとんど同時に、T先生の悪口を言いながら校長室の前を通っていたら、当の本人が鬼の形相で飛び出してきてビンタを一発くらわされた中2の秋を思い出した。


「ま、ありゃあ校長先生に怒られたわけじゃないわな」

だからそれはいい。だがそれにしても・・・。

「ホントにオレでええんやろか」

またぞろそんな考えが頭をもたげてくる。

 

「三方良しの話、校長会でしてくれん?」

息子がかつてお世話になった先生からそう打診されたのがいつだったか、今となってはしかと覚えてないが、ふたつ返事で引き受けた記憶だけはある。

それから何年が経っただろうか。この3月のことだ。携帯電話の着信を見てみると、何年もあってないその先生の名前が。「懐かしいな」と電話に出ると、


「あの話、4月の校長会で頼むぜ」

「?。あの話ってなんです?」

「あれよあれ、三方良しよ」

「ええ!あれ冗談やなかったんですか?」

「本気にきまっちゅうろう。もちろん受けてくれるやろ?」

「ホンマにわたしでええんですか?」

「ええにきまっちゅうろう。三方良しの理念はどんな仕事にも通じる。学校教育にも活かせるところがある」

「は、はい。じゃあ受けます」

 

とはいいつつも、さて・・・・

学校教育とか学校経営とかに通じるとか言われても、どんなふうに話をもっていけば校長先生たちのタメになるのか。

それからしばしのあいだ、折にふれては考えていたが良い答えは出てこず。会も近づいたある日、ふと結論が出た。

「ふだんどおりでええやんか」

そう、受け取って何かを感じるのは聞いてくれる人たちだ。どう受け取ろうと相手の勝手という部分では、いつだってイニシアティブは話し手にはない。握っているのは聴衆である。であれば、わたしはわたしの考えや体験をしゃべるしかない。

もちろん、「どうやったらより伝わりやすいか」、「わかってもらうためにはどんなストーリーでしゃべったらいいのか」について、まったく考えずに、またまったく準備をせずにことに臨むのでは、伝え手になる意味はない。それ相応に頭をひねってプレゼンテーションを行わなければならないのは、誰が相手でも同じことである。

だが、「タメになる」とか「タメにならぬ」とかを考えても詮ないことだ。「なる」か「ならぬ」かは、しょせん向こうのテリトリーのなかにあるのだ。

 

ということで、話してきた。

伝わったか伝わらなかったか、それはよくわからない。興味津々で聴いてくれる人もいればそうでない人もいるのは、同業者相手でも大なり小なり同じことだ。

だがわたしの話に、同業者ならば説明不要、しかしそうでない人にはどうだろう、というところが自分で思っている以上にあり、それだから伝わらない部分もあることには気づかされた。そして業界の構成員だからハマるツボが、外の人には必ずしもツボとはならないことも知らされた。わたしのなかに気づかないうちに存在しているある前提が、円環の外にいる人にとっては必ずしもそうではないことも思い知らされた。

基本は変えないにしても、場所と相手に応じてそれなりに話の仕方を変えないと、伝わるものも伝わらなくなる。

もとよりそっち方面のプロでもなんでもない辺境の土木屋が、どこまでできるか、どこまでやる必要があるか、というのはあるけれど、次の機会があれば、そこんところも踏まえたうえでプレゼンテーションをさせていただきたいなと、何よりも、「土木の仕事」や「三方良しの公共事業」について業界以外の人たちに聞いていただけた、聞いていただける場を与えてくれたことに、ひとかたならず感謝しつつそう思う。

 

 

あ、「次の機会」、校長会ではないですよ。

業界という円環、の外にいる人たちに向けてという意味です。

なんたって校長先生にはトラウマが・・・・

(じょ、冗談ですって)

 

 

 

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