答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

続・校長先生の祝辞から

2016年04月08日 | ちょっと考えたこと

今日も校長先生の祝辞から。つづいて小学校編である。

小学校の新入生ともなると、わたしから見れば完全に孫みたいなものである。可愛くないわけがない。そんな子らに対して校長先生が話したことの要点はこうだ。

 

皆んなと仲良くするために大切なこと。

それは、

「おはよう」

「ありがとう」

「ごめんなさい」

の3つです。

 

「何だそんなことか」と思うかもしれない。たしかに、ありきたりといえばありきたり、普通といえば普通。

だが、なぜそれが必要なのかを一つひとつ説明する校長先生の話を聴いていたわたしは、思わず胸が熱くなってしまった。

以下、自省を込めて。


世に「日常の五心」という。

一、「はい」という素直な心

一、「すみません」という反省の心

一、「おかげさま」という謙虚な心

一、「私がします」という奉仕の心

一、「ありがとう」という感謝の心

「日常の五心」という言葉は知らずとも、日本人なら誰しもが、いつかどこかで見たこと聞いたことがある例のアレだ。

「とうとうオマエもそっち方面へ行ったか」などと笑わないでほしい。

もちろん、そんな抹香臭いことをいう柄でもないことは、当のわたし自身が百も承知二百もガッテン。有り体に白状すると、今日のような稿を他人さまに晒すのは少々気恥ずかしい。

思えばわたしは長いあいだ、「ありがとう」と言えない(言わない)人だったような気がする。「ごめんなさい」と言わない(言えない)人だったような気もする。たぶんクローズマインドだったことがその理由だと、今では思っている。


先日、こんなことがあった。

となり町のスーパーマーケットで発泡酒を買った。350ミリリットル6缶を2ケースである。

レジの女性が「重たいから気をつけてください」と言った。

いやいや、か弱いといえどわたしも男だ。これしきのものを重たいなどと言った日には男がすたる。それに何より、そういうアナタは軽々とそれを持っているではないか。

とかナントカ思いつつ、じつにほんわかとした気分になった。

彼女とてそんなことは承知の上での言葉だろう。わかっていてなお発した気づかいの言葉のはずだ。

そのあと、「ありがとうございました」とつづけるその女性の言葉に、思わず「ありがとう」と声に出して反応したわたし。口をついて出かけた言葉を飲み込まずに表に出すのは、ほんの一瞬だけの躊躇もあった。

「ありがたい」と思う心は、「ありがとう」と声に出さなければ相手に届かない。音声として出力されなければ、思っていないのと同義である。

人はひとりでは生きてはいけない。人間という動物は、その基本的な成り立ちとして圧倒的な弱者なのである。「人と人との間」でしか生きられないから人間という。であれば人の助けを借りなければならない。伝え合い(コミュニケーション)そして協働(コラボレーション)しなければ何事も成しえない。

 

皆んなと仲良くするために大切なこと。

それは、

「おはよう」

「ありがとう」

「ごめんなさい」

の3つだという。

わたしには、「日常の五心」よりもさらにシンプルなこちらのほうが、すとんと腑に落ちる。

 

以上、今日もまた、校長先生の祝辞を聴きながら考えたことである。

 

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