答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

ふたたび「弱者と協働」について

2014年09月21日 | ちょっと考えたこと(仕事編)

いつもながらのことではあるけれど、

日々雑感、てな感じの当ブログ。

でき得れば高いクオリティーを、という私の願いもむなしく、

当の私自身が、更新することのみに汲々としているのだから、

内容は推して知るべし。

いいアプローチはしていてもつっこみ不足でイマイチ、なんてことがしょっちゅうである。

それをして、「だって忙しいんだもの」なぞという言い訳が頭のなかにフェードインするに及んでは、

まったくもって、「まだまだだなオヌシ」なのであって、

毎度毎度のことながら、ボウズ頭をボリボリと掻くしかない。

とかなんとか思いつつ、

どうしても頭から離れないこの前の稿を読み返していた。

9月8日の『弱者と協働』である。

(この前、と思っていたらもう2週間も前だった、へぇ~)

 

え~っと、、、よくある勘違いなんですが、自然界は「弱肉強食」ではありません

弱いからといって喰われるとは限らないし、強いからといって食えるとも限りません

(中略)

自然界の掟は、個体レベルでは「全肉全食」で、種レベルでは「適者生存」です

(中略)

この言葉は誤解されて広まってますが、決して「弱肉強食」の意味ではありません

「強い者」が残るのではなく、「適した者」が残るんです

(「残る」という意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味であることに注意)

(中略)

人間の生存戦略は、、、、「社会性」

高度に機能的な社会を作り、その互助作用でもって個体を保護する

個別的には長期の生存が不可能な個体(=つまり、質問主さんがおっしゃる”弱者”です)も生き延びさせることで、子孫の繁栄の可能性を最大化する、、、、という戦略です

http://fundo.jp/5661より)

 

そして、これを受けた私の結び。

 

これだけ普遍的で卓越した識見を、ビジネス、しかも私の身の回りなどという矮小な世界に落としこむ不遜を承知であえて言わせてもらえば、

私が採用してきた戦略こそ、私たちが「弱者」であることを認識しその「弱者」を活かすために「協働」する、

すなわち「チームワークで行こうやないか」と、そういうものだったし、

だからこそ、「コミュニケーション(伝え合い)&コラボレーション(協働する)」と唱えつづけてもきた。


あいや、肝心なところが抜け落ちているではないか。

どこかといえば、


「残る」という意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味であることに注意


という括弧書きを前提とした結論。

この前提があるとないとでは意味が大きく異なってくる。

つまり、ただ「残る」(=「生き延びる」)のではなく、「遺伝子」として「残る」。

私がここで認識する「遺伝子」とはミーム(※)、すなわち文化的遺伝子であり、

それが「次世代に受け継がれる」ことを最終目標として、

「弱者」であることを認識しその「弱者」を活かすために「協働」する、という戦略が存在する。

と、こういう結論づけが抜け落ちていたのである。

 

う~ん、

やっぱり言葉(理解)不足なのは能力不足なのかなあ。

ま、書くけどね、明日も。



(※)ミーム

http://www.geocities.co.jp/HeartLand/2989/meme1.htmlより

ドーキンスによるミームの生物学的定義では、「ミームは文化の伝達や複製の基本単位である。」 

この定義からすると、私たちの文化と呼ぶものはすべての原子のようなミームからできており、
そのミームが互いに競合していることになる。

遺伝子が精子と卵子を通じて人から人へと広まってゆくのと同じようにして、ミームは心から心へと移り広がってゆく。

競争に勝ったミーム、すなわちもっとも多くの心に入り込むことに成功したミームは、今日の文化を形成する活動や創造に大きく関与するのである。



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