答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

漸進

2014年04月28日 | ちょっと考えたこと(仕事編)

もし、世の中の複雑さがわかっていて、自分の思考能力の限界がわかっていて、かつ思考を積み重ねている人であれば、まず、何を考えるかといえば、漸進主義がいいと思うはずなんです。

世の中は複雑で何が起きるかわからないというのに、抜本的に変えるというのはあり得ない。(『まともな日本再生会議』中野剛志、柴山桂太、施光恒著、Kindle版位置No.2016)

 

まともな日本再生会議:グローバリズムの虚妄を撃つ

中野剛志×柴山桂太×施光恒

アスペクト


「漸進(ぜんしん)」

この単語が私の頭のなかに住み着いて離れなくなって、しばらくになる。

(政治的な漸進主義とそれの対語としてある急進主義について語るつもりはないですネ、悪しからず)

そして、近ごろよく思い出す言葉。

「変わらずに生き残るには、変わらなければならない」

映画『山猫』(ルキノ・ヴィスコンティ)のなかの台詞らしいのだが、私はこれを、小沢一郎さんが民主党代表に就任した際の演説で、始めて耳にした。

2006年4月、私が暗中模索のどん底にいた年のこと。

その言葉にえらく感激した私だが、当時と今とでは、明らかにその解釈は異なっている。

当時のそれは、(たぶん小沢さんが言わんとしたところの)「だから私は変わる」あるいは、「だから私たちは変わらなければならない」であって、その力点は後半部分の「変わらなければならない」に置かれていた。

なおかつそれは切迫しており、急進的に「変わらなければならない」のだと思っていた。

だが今は違う。「変わらずに」がキーポイントなのだと、そう思うのだ。

つまり、「変わらずに」いようとすれば、「変わらなければならない」のである。変わりつづけなければならないのである。

「変わる」のが目的ではない。

「変わらずに生き残る」のが目的なのであり、「変わる」のは手段である。

となると急進的でよかろうはずがない。

何より私たちの土木という仕事は、

「わたしたちの環境を整えていくことを通して、少しずつ社会を善くしていく営み」(土木チャンネル)なのであり、

いわゆる「改革」とは、もっとも肌が合わない仕事なのである。 

何をそんな悠長なことを、とのお叱りは甘んじて受けるし、すでに遅すぎるのが現実なのかもしれない。

だが私は、あえて漸進的であろうと思う。

「変わらなければならない」という結論にかわりはないが、

漸進的でなければならないと、近ごろとみにそう思うのだ。

 


 

 

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