答えは現場にあり!技術屋日記

「三方良しの公共事業」をモットーに、辺境の高知のそのまた辺境から、土木技術者のオジさんが泣き笑いの日々を届けます。

前向くちから

2018年10月29日 | 北川村やまなみ太鼓

きのう10月28日は「慎太郎とゆずの郷まつり」。わたしたち北川村やまなみ太鼓に与えられた時間はオープニングの20分。悩むまでもなく大人チームと子どもチームで時間を折半し、互いに2曲ずつを演奏した。ぎりぎりの時間配分ゆえ、「歌って踊れる太鼓打ち」を標榜するオジさんのMCはやむなく割愛し、全4曲をつづけて演奏。順番はちょっとばかり悩んだ末に、オーソドックスに子ども→大人とした。

「おお!」と刮目したのは子どもチームがリハーサルをしているときのことだ。太鼓を始めて約一年半、ずっと下を向いて演奏していた子が、何を思ったか、どこでスイッチが入ったか、終始前を向いて叩いた。リハ終了後、彼女のところへ歩み寄ってひとこと。

「おんちゃん、太鼓を演奏しゆうとき◯◯ちゃんの顔をはじめてみたよ。ええ顔しちゅうやんか(笑)」

さて本番ではどうかな?と思わないでもなかったが、もちろんそんな言葉を口に出すわけにはいかない。だが、不安は見事にはずれた。

顔を上げるかうつむくか。できる子にとってはどうということがないのだけれど、できない子にとってこのハードルはとてつもなく高い。他人からするときわめて簡単なように見えるが、それが生半(なまなか)には越すに越されぬ壁である子は少なくない。村の子ならなおさらだ。歯がゆいが、怒ったり怒鳴ったりした結果、いっときそれができるようになったとしてもなんにもならない。内的で自発的なものに動かされて「やる」と決意したうえで実践しなければ、元の木阿弥になるのがオチだ。それゆえ、顔を上げるようになるならないが、ひとつの重要な指標として太鼓を教える人としてのわたしのなかにある。

その点、きのうの彼女は立派だった。何よりも、自分でそう決め自分で実行したということに価値がある。そのことに触発されてまわりの皆も・・・となればドラマのような展開なのだが、現実世界はそうそう上手くは運ばない。しかし、それはそれとして、ささやかだけれどあんな瞬間に出会えるから、へっぽこ師匠をやめられないのである。

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「感情の実況中継」を教え子たちに薦めてみようと思ったこと。

2018年10月28日 | 北川村やまなみ太鼓

「自分とは別の自分、つまりもうひとりの自分の目で自分自身を見る」ことの重要性を太鼓教室の子どもたちに説こうとしたが、あえなく自滅したことは先日書いたとおり。あのとき、まず真っ先にわたしの脳裏に浮かんだ言葉は「自分のなかに自分とは別の自分を飼う」だったが、どうもそれではわかってもらえんだろうなと判断し、選んだのが「自分のことを見ている自分とは別の自分がいつもおらんといかんよ」という言葉。しかし、その後の反応を思い起こすと、どうやらその言葉は少しばかりオカルティック(よくない意味で)なものとして彼彼女たちに届いたようだ。そう解釈すればあの気味悪げな顔に合点がいく。

そのことをふと思い起こし、ではあのときどのように説明すればよかったのかをまた考えていたら、「感情の実況中継」という言葉が降りてきた。いや、思い出したというほうが正解だろう。「感情の実況中継」については幾度か書いた。もちろん、わたしオリジナルな言葉ではない。いつものごとく受け売りだ。ネタ元はアルボムッレ・スマナサーラさんである。彼が説く「感情の実況中継」とはこうだ。

 

・・・・・・・・・

 たとえば、先ほど「人の言葉にカチンときた」という例を挙げました。この場合でしたら、「カチン」という感情を感じたらすぐさま、「いま、怒りがある」と、その感情を実況中継するのです。

 すると、不思議なことに、怒りの感情がスーッと消えていきます。

 なぜ、感情が消えるのか。

 それは、感情を実況中継することで、受け取った情報に対して主観が解釈しようとするのをストップできるからです。

(Kindleの位置No.193)

・・・・・・・・・・・

 

そして同じくスマナサーラさんが提唱するのが、「自分を外に出す(=私を捨てる)」訓練。

 

・・・・・・・・・・・  

 たとえば、あなたの名前が「田中」だとしましょう。

 そのあなたが、恋人との関係がうまくいかず、悩んでいるとします。そのときは、「田中が悩んでいますね」と言葉に出すのです。

 あるいは、焦って気持ちが動転しているときだったら、そのまま突っ走らないで「田中が焦っています」と実況中継をします。

 蚊に刺されて、無茶苦茶かゆいときであれば、「田中がかゆがっています」と、面白おかしく、いまの自分を説明しましょう。

 上司に怒られてズドンと落ち込んだら、とりあえず「田中が落ち込んでいます」とつぶやいてみましょう。

 こんな具合に、自分の心に浮かんだ感情や、自分のいまの行動や状況を、三人称で客観的に述べるのです。

 すると、そのときに生じた問題が、スーッときれいに解消されていきます。

(Kindleの位置No.312-313)

・・・・・・・・・

 

このふたつを併せてわたしは、わたし自身の「感情の実況中継」としようと決め、ささやかながらではあるけれど実行してきた。それほど時間は経ってない。わずか4カ月ほど前からのことだ。 実践の途中経過がどうだかといえば、いつもいつでもと同様。世の中それほど単純なものではなく、「そのときに生じた問題が、スーッときれいに解消されていきます。」と簡単にはならないけれど、己を客観視するための、一助にもニ助にもなっている。そう、「感情の実況中継」しかも「田中さん」のそれを、彼彼女らに薦めてみればよかったのだ。

もちろん、あの子たちがそれをすんなり受け入れるかどうかはわからない。むしろ、わかってもらえない確率のほうが高いかもしれない。「またまた不思議なことを言い始めたよ、このオジさんは」と思われるのがオチかもしれない。けれどそれでいいのだ。オジさんは、わかってもらえるために試行錯誤しつづける。わたしと彼彼女たちが触れ合っている期間では、わたしが説くことの意味はわかってもらえないのかもしれないが、繰り返し巻き返し情理を尽くして語ることで、心のかたすみに残ってくれたらそれでいい。

 

「ふん、エラそうに。あのときそれは思いもつかなかったくせしてよく言うよ」

別のわたしが眼前に現れわたしを指してそう嗤うのを華麗にスルーして、次なる機会を楽しみに待つオジさんなのだった。

 

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「メタ認知のすすめ」を子どもに説いてみようとしたが

2018年10月22日 | 北川村やまなみ太鼓

「自分のことを見ている自分とは別の自分がいつもおらんといかんよ」

とわたしが言うと、太鼓教室の子どもたちは変な人を見るかのような視線をわたしに向けた。

「どこらへんにおるが?」

とある女の子が笑いながら問うてきた。少しバカにしてるようだ。

「そうやね、アタマの真上のときもあるし、斜め上のときもあるし、真後ろのときもある。たいがいは上やね」

「ええー!うえー!!」と素っ頓狂な声をあげる子ら。ここらへんからいっせいに騒がしくなったが、委細構わずつづけるわたし。

「これはね、人によってそういうのがもともと備わっている人とそうでない人がいるけど、そういうように自分で意識して自分を仕向けていると、けっこう身についてくるもんでもあるよ」

「どうしてそんな人がおらんといかんが?」

「別の自分がおることで自分を客観的に見ることができるやんか」

「客観的ってどういう意味?」

ここでオジさん大失敗。あろうことか、客観的を子どもがわかるような言葉で説明することができず、しどろもどろになって自滅をしてしまう。そして、なんとか立ち直そうと発した言葉が、

「客観的っていう言葉、習うてない?」

「習うてない。どういう意味?」

「客観的は客観的よ」

あえなく撃沈してしまったオジさんは、それでもあきらめることはせず、最初の言葉を繰り返す。

「自分のことを見ている自分とは別の自分がいつもおらんといかんよ。人によってちがうけど、おんちゃんは、子どものときからそうやったね」

そのとき、孫を連れて見学に来ていたわが娘が、子どもたちの父兄につぶやいた言葉をわたしは聞き逃さなかった。

「ナルシストや」

ナ、ナルシストって・・・・

うん、たしかにそういう側面は大いにあるが、そこは娘よ、せめてメタ認知とでも言ってはくれまいか・・・

ま、いずれにせよ、「客観的」の意味ぐらい、噛んで含んでわかりやすく説明できずにエラそうな能書きを垂れる資格はない。

「勉強しなおしてまいります」

口には出さず内心で、深々とアタマをさげるオジさんなのだった。

 

 

 

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レジリエンス

2018年10月15日 | 北川村やまなみ太鼓

フランスからの客人たちをもてなす晩餐会がモネの庭で開かれた昨夜、太鼓を叩いた。チームのメンバーが7名いるなかで、わたしともう1名のふたりだけで演奏した。選んだ曲は『レジリエンス』。女性ふたりのための大太鼓曲としてわたしがつくったものだが、いつしかわたしとわが女房殿の夫婦(めおと)太鼓曲と化してしまった。そう、もう1名とは彼女のことである。

冒頭、「あいさつを」との主催者の求めに応じ、演奏する前に短いあいさつをしたなかで、こんな感じの曲紹介をした。

・・・・・・・・・・・・

今から演奏するのはレジリエンスという曲です。近ごろ日本ではレジリエンスというと国土強靭化などという固い意味で使われることが多いのですが、わたしがこの曲で表現したかったのは、「しなかやかな強さ」。男性的な強さではなく、ぽきっと折れることなくしなやかに立ち直ることができる女性的な強さです。この庭でいうと、青い睡蓮(熱帯性睡蓮)がそうです。皆さんご存知のように青い睡蓮は茎が水面からヒューッと伸びてますよね。台風がやって来ると、その長い茎が風で倒れて今にも折れそうな風情となるんですが、けっして折れることはなく、必ずしなやかに復元します。あれがまさにレジリエンスです。しなやかで女性的な強さ、「レジリエンス」、聴いてください。

・・・・・・・・・・・・


演奏が終わり懇親会が始まって、たくさんの人からお褒めの言葉をいただいた。あろうことかそのなかの数人は、「涙が出た」とまで言ってくれた。フランスから来たゲストもまたそうだ。ありがたくて、聞いてるこちらが涙が出そうになった。お褒めの言葉をもらうこと自体はそれほど珍しくない。だが、自分たちの実力は自分たちがもっともよくわかっており、それに値するパフォーマンスだったかそうでないか、つまり褒め言葉がお世辞かそうでないかはすぐわかる。昨夜のそれは、ありがたいことに本音だ(たぶん)。林英哲さんが『あしたの太鼓打ちへ』でこう書いている。

 

・・・・・・・・・・・・

あしたの太鼓打ちへ

林英哲

晶文社 

 

今でも、初心者によく言うのですが、太鼓の感動というのは、技術のうまさではなく、切実な気持ちが与える感動なのです。そして、多分、下手なのだから、全身全霊で打つしかなかった当時の我々の、未熟さゆえの熱意の結果だったのだと思います。太鼓とは、きっとそういう種類の表現なのかもしれません。

(P.64~65)

・・・・・・・・・・・・


じつを言うと、けっして会心の出来だといえるようなパフォーマンスではなかった。決められた順序や構成どおりにキチンとできたかという面でいえば、むしろ悪い部類に入る演奏だったのかもしれない。だが、不思議と「やりきった感」にはあふれていた。たぶん、技術や技能といったものとは次元が異なる何かが、打ち手と聴き手が共有するあの空間にあったのだろうとしか思えない。それがいったい何なのか。英哲さんが言うように「下手なのだから、全身全霊で打つしかなかった」「切実な気持ち」が生みだしたものだったのではないだろうか。21年もやっていて「技術のうまさではなく、切実な気持ち」だとか「未熟さゆえの熱意の結果」だとか、「それはアナタちがうだろう」と詰め寄られたらエヘヘと笑ってアタマをボリボリ搔くしかないが、そうとしかわたしには思えない。

つづけてきてよかった。いつまでたってもヘッポコ太鼓打ちだが、こんなことがあるからやめられない。ぽっきり折れることなく、しなやかに力強く、これからもつづけていこうと、そう思った。

 

 

 

 

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風花(かざはな)

2018年07月31日 | 北川村やまなみ太鼓

わたしが所属する和太鼓チーム「北川村やまなみ太鼓」のレパートリーのひとつに『風花』(曲:山田瑞穂)という曲がある。言わずもがなのことかもしれないが、「かざはな」と読む。そのほとんどがオリジナル曲であるレパートリーのなかで、頻繁に演奏する曲のなかでは唯一、他人さまがつくったものだ。華やかな曲をつくるのが下手くそだという、考えようによっては致命的な欠陥を持つわたしにとって、重宝させてもらっている大切な曲である。

 

先月のある日、稽古のさなか、ふと思いついて「風花ってどういう意味か知ってる?」と、メンバーのひとりである国際交流員Michaにたずねてみた。案の定、知らないという。よし、じゃあオジさんが教えてあげようと身を乗り出す還暦過ぎの太鼓打ち。

 

「まず、粉雪が舞っているところをイメージしてみてくれるかい。

大量にではないよ、かすかに。

でもね、その場所では雪が降ってないわけ。

その雪は風に乗ってどこか別のところからやってきたものなんだ。

風に乗って花びらが舞う。

そんな雪のことを風花っていうんだ。」

 

全国こども電話相談室の無着成恭先生よろしく、やさしく意味を説き、ちょいと自慢げなオジさんに対し、メンバーのひとりのオバさんがひと言。

 

「え~?風花って桜の花が散ってる様子を言うんじゃないの??」

 

聴くなりとたんに脆くも自信がくずれ始めたオジさんは、小さな声でMichaに伝えた。

 

「人に言うときは、調べてからにしてね。」

 

風花(goo辞書より)

1晴天に、花びらが舞うようにちらつく雪。山岳地帯の雪が上層気流に乗って風下側に落ちてくるもの。

2初冬のころの晴れた日、風が吹き始める前などに、雨や雪がぱらぱらと降ること。

 

まったく、いつもどこでもエラそうなことを言いながら、肝心なところで自信を保ちつづけることができない気弱なオジさんをなぐさめるかのように、今度はアメリカ人がひと言。

 

「どっちにしても素敵。とても日本語らしい美しい日本語ですね。」

 

そうか、、、そうだよな、、、

美しい日本語をタイトルに持つ曲をあだやおろそかに演奏してはなりませぬぞ、、、

自分で自分にそう言い聞かせる、辺境の太鼓打ち。

 

 

 

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負うた子に教えられる

2018年01月16日 | 北川村やまなみ太鼓

4歳の弟子ができた。子どもに太鼓を教え始めてから16年、今まででもっとも幼い弟子だ。

何度目かの稽古が終わり、明けて翌日夕方、おかあさんに手を引かれた彼女と会った。

マメができたという。

しかも、皮を剥いだのだという。

どれ、と見せてもらった。

あらあらかわいそうに、指先がズルムケだ。

がんばったね、と声をかけると、

痛がりもせずうれしそうだ。

バチを固く握りしめたその打ち姿が思い浮かんだ。

ふつう、指先に力が入るものではないが、とりあえず正しいバチの持ち方などを教えることはせず、とりあえずお兄ちゃんお姉ちゃんの真似をして大きく太鼓を叩いてみよう、という指導にもならぬ指導に、とにかくしっかり握らなければ、とがんばったのだろう。なにより、稽古中に泣きごとひとつ言わなかったその姿勢に驚く。


ひるがえってこのオジさんはどうなんだ。

われとわが身を顧みて、宙をにらみ軽く嘆息してアタマを掻く。

「負うた子に教えられる」

この理がわからなければ師匠ヅラはできないな、と内省しつつまたアタマを掻く。

 


 

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(村の)祭りの太鼓

2017年08月30日 | 北川村やまなみ太鼓

「酒を呑んで太鼓を打つ」

あるいは、

「酒を呑みながら太鼓を打つ」


一見、太鼓打ちにとっては普通にありがちな行為に思われるだろう。

かくいうわたしも、演奏前に「差し入れ」と称して生ビールなどをもらったことが何度かある。

だが、わたしは呑まない。

どころかそれを、厳に戒めてきた。

そんな半端なざまで太鼓を叩くことはできないからだ。

土曜日、その禁を破った。

村の納涼祭でだ。

演奏前、甥っ子におごってやったビールに、ひと口ふた口また三口と口をつけたのだ。

もちろん、堪えきれなくなったわけでもなんでもない。

「そんなのもアリじゃないか」という考えが頭をもたげてきたからだ。

(他人はそれを堪えきれなくなったというかもしれない)

(いやきっと言う)

(ま、当たらずとも遠からずなのでそれはイイ)


「村の祭り」である。

いかにわたしにとっての「太鼓」がそうでないとはいえど、そうそう肩肘張らなくてもいいじゃないか。

呑んで打つ。

呑みながら打つ。

そんなときもあっていいじゃないか。

ストイックになることがすべて善ではない。

なんとなればあの神聖な「お弓祭り」でさえ、本番ともなれば、いや本番だからこそ、朝から呑みながら弓を引きつづけるではないか。

 

たった三口の生ビールが太鼓を打つおのれの全身にまわり、それ見たことかとヘトヘトになるわが身を実感しながら、そんなことを思った「村の祭り」。

次にまた、そうするかどうかはわからないケド。




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"Led groooover" フィーチャリング "北川村やまなみ太鼓"

2017年07月07日 | 北川村やまなみ太鼓

『山河』(”Led groooover” feat. "北川村やまなみ太鼓")

 

6月25日、第29回日本ギター重奏コンクールで優勝したのは、高知県出身のギターデュオ”Led groooover"。

YouTubeにアップロードされたこの動画は、その先日、安芸青年会議所60周年記念式典のオープニングで、彼らとわが「北川村やまなみ太鼓(選抜)」がコラボレーションしたときのものだ。

共演翌日、Facebookで吉報を知ったとき、下手っぴとの共演で調子を狂わせなかったようだ、とほっと胸をなでおろした辺境の素人太鼓打ち。

袖触れ合うも他生の縁、なんにしても、岡本くん宮脇くんおめでとうございます、なのだ。

 

それにしても、”oooo”とキーボードを打つたび、「”o”の数はこれでいいのか?」と不安になるわたし。

”Led groooover"

うん、4つだ。

まちがいない (^o^)


豪傑
Led groooover
Level Do


皆さま、どうかごヒイキに。



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きたがわプロフェッショナル

2017年03月06日 | 北川村やまなみ太鼓

「ホームページできました。ぜひ見てくださいね!」

↓↓

きたがわさんぽ

 

という北川村観光協会Mさんの言葉に、さてさてどんなんかなあ、とのぞいてみたら、

(*_*)

 

 

わたしがいた ^^;

題して「きたがわプロフェッショナル」。

いやいや、こと「土木のしごと」に関してはプロフェッショナルだと自負し広言もしているが、太鼓打ちとしてとなると、お世辞にもプロフェッショナルとはいえぬ、素人丸出しの下手っぴである。

だが、まあいい。

 

北川村では、独自の方法で地域を元気にする活動や、伝統ある祭りの存続、オリジナルの商品づくりなど、
さまざまなグループ、団体がプロフェッショナルな活動をしています。


という、そこに書かれた謳い文句からすると、プロフェッショナルとは到底いえないまでも、「地域を元気にする活動」をする者の端くれであることはまちがいない、と納得。

なにより、くだんのページの最後にある疲れ果てたオジさんの画像が気に入った。

 

 

珍しく自然体である (^^)






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北川村観光びらき2017は3月5日開催

2017年02月22日 | 北川村やまなみ太鼓

 

「北川村観光びらき2017」は3月5日開催。

出演アーティストの紹介をする北川村観光協会のブログには、よさこいダンシングチーム「花山海」、高知学芸高等学校吹奏楽部、アコーディオンの坂野志麻、ピアノ・シンガーソングライター樹奈・・・

って、おい、北川村やまなみ太鼓が載ってないではないか。

ということで、担当者から別件で電話がかかってきたのをこれ幸いにクレームを入れる。

 

「ワシらただの景気づけちゃうど(まあそういう側面は認めるけど)」

「アーティストと思うてないんかい(たしかにアーティストではないけど)」

「そういやいっつもワシらだけ抜かしとるやんけ」


いやはやまったく、タチが悪いオジさんだ。

で、その翌日。こんな書き出しから始まる文章がブログに載った。


北川村の男村民さんはみんな、優しいです。
ぶっきらぼうだったりしますが、結局、優しいです。
怒られたりもしますが、最後は、優しいです。

でも、一人だけ、何年経っても緊張する、怖い存在の男村民さんがいます(-_-;)

 ↓↓

きたがわさんぽ+Plus


そのあとにつづく画像は、なにが気に入らないのやら仏頂面で太鼓を叩くボウズ頭のオジさん。しかもあろうことかピンクのTシャツを着用してである。


やられた!


と苦笑いするわたし。

落とし前はWebでつける。ブログという土俵を持っているものとしては、当然の行為だ。

ところが・・・

読み進めると、どうも様子がちがう。

「怖いけれど・・・」というトーンなのである。

おまけに、最後は満面笑顔で鉢巻をまいたオジさんのドアップで締めくくるという、終わってみれば親愛の情に満ちあふれた記事。


やられた!


ふたたび苦笑いするしかないわたしなのだった。


 ↓↓

きたがわさんぽ+Plus

「北川村観光びらき2017」は3月5日開催。




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