精神世界の旅

精神世界のいくつかの領域を探求します。

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『臨死体験研究読本』の購入について(ご注意ください)

2007年11月26日 | 本の紹介
拙著『臨死体験研究読本』は、再び、Amazonでは品切れとなりましたが、ユーズド商品が、¥ 4,895 で出品されています。

しかし、セブン&ワイなどでは、定価 \ 2.940 で購入できます。
ぜひ、定価でご購入ください。

こちらです。→ セブン&ワイ 
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自殺をめぐって03

2007年11月14日 | 掲示板より
もう少し、自殺をめぐっての展開を追います。

Noboru 2000/11/04

OHさん、

「社会人の弱さ、社会の過酷」、それは現実の厳しさ、苛酷さと置きかえてもよいかも知れません。
「自然人の強さ、自然の恵み」、それは、自然のまま、あるがままの自分と現実を肯定する力でもある。

OHさんが言うように「地獄とは環境ではなくて、弱い自分に束縛されること」であるなら、
束縛やこだわりを手放しにすれば、地獄は消えていくのでしょう。

私は、思います。どうすれば束縛やこだわりを手放しに出来るのかと。
云いかえれば、どのようにすれば苛酷な現実を悲観的に受けけとめず、前向きに生きていけるのかと。

たぶん、自分を受け入れることができればできるほど、
それに応じて周囲の現実をも肯定的に見ることができるようになるのでしょう。

では、どうすれば自分を受け入れることができるようになるのか。
私に思い浮かぶのは二つです。

自由に自分を表現することが許される場で、あるがままを表現し、
あるがままの自分が受容されたと感じることを繰り返すこと。
安心して自己探求し、表現することが許されること。
しかも誰かの自由な自己探求の深まりが、場そのものをも深めるのです。
フミさの自己探求は、この場を深めていたと思います。
私は、この「談話室」が、そんな場に少しでも近づけばいいと思います。

もうひとつは、瞑想、座禅、気功などによって一人で自己の深みに降りていく道なのでしょう。
 
《追加》

今、二つの道を語りましたが、OHさんが語ってくれたのは、もうひとつの道ですね。

苦しいとき、辛いとき、虚しいときには、目をつぶらないで、その悲しみと徹底的につきあうことです。ハラを決めて、水底まで沈んでみることです。深く深く悲しめば、必ず新しい力が湧いてきます。>

この言葉につけ加える言葉はありません。
たぶん、このようにして、多くの人々が限界状況を乗り越え、新しい力を得ていったのでしょう。

<その、人間の生命の深い方程式が見えてくると、身に起こるあらゆる不幸も、悲しみも、苦しみも、自分の人生を飾る意味のあるものに見えてくるはずです。>

地獄のような現実が、人生を飾る意味い満ちた現実にかわる。
そのためのもうひとつの道!!

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★現在、ブログなどで 「はだしのゲン」を世界へ!! という取組みを行っています。アニメ『はだしのゲン』を世界中の人に少しでも多く見てもらい、原爆の実態を知ってもらおうという運動です。IMDbという映画情報サイトでアニメ 『はだしのゲン』 に投票していただき、このアニメの存在を世界に知ってもらうことを呼びかけています。

皆様による、数分でできる投票が、あと350集まれば、このアニメが、アニメランキングのトップ10内に躍り出て、世界にその存在を知られる可能性が見えてきます。

ぜひ投票をお願いします。またブログ「はだしのゲン」を世界へ を紹介していただいたり、呼びかけ文 をブログやメールに貼り付けていただけると、なお目標が実現しやすくなります。詳しくは、呼びかけ文 や、 「はだしのゲン」への投票を!! をご覧ください。
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自殺をめぐって02

2007年11月12日 | 掲示板より
引き続き自殺をめぐっての議論から。

OHさん 2000/11/03

我が娘を喪い、生命の尊厳さを思い知った母は、多くの青少年の自殺に心を痛め、次のように語る。

「けれども私は今、思うのです。死にたくなるほど苦しい思いをしたときが、人間が本当に幸福になっていくチャンスなのだと。自分の人生を、大きく変えていくときなのだと。 

苦しいとき、辛いとき、虚しいときには、目をつぶらないで、その悲しみと徹底的につきあうことです。ハラを決めて、水底まで沈んでみることです。深く深く悲しめば、必ず新しい力が湧いてきます。

自分が変われば、必ず何かが動き始めます。死ぬ勇気を、自分の変革に向けていくのです。他人に苦しめられているように思えることでも、全部、自分の人生なのです。そうであれば、自分で新しい道を切り開くしかありません。

その、人間の生命の深い方程式が見えてくると、身に起こるあらゆる不幸も、悲しみも、苦しみも、自分の人生を飾る意味のあるものに見えてくるはずです。

この世に必要のない人間なんて1人もいませんし、価値のない人間も1人もいないはずです。自分には価値がないように思えるときがあっても、決めつけないで、自分で価値ある自分をつくっていけばいいのだと思います。(中略)

人間には、価値を創り出していくすごい力があります。

生きている人間に、何ができないといえるでしょうか(P.93)」。

この言葉を聞けば自殺せずにすんだ子供も山ほどいただろう。なんと優しく、力強い言葉だろう。悲母観音さながらではないか。

以上引用は『彩花へ、ふたたび──あなたがいてくれるから』山下京子著(河出書房新社)より。

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自殺をめぐって01

2007年11月11日 | 掲示板より
ある時、自殺をめぐって掲示板の議論が深まったことがありました。ここではまず、Sさんの書き込みを紹介し、日を追っていくつかの意見を掲載します。

Sさん 2000/10/29 08:50

自殺をしたいということは、
生きがいを失ったということではないですか?
私はそれは生きる意味を間違えているからだと思います。
人が医者になりたいとかと「人生の目的」をあげますが、
それは手段で本当の目的は幸せになることです。

ところが幸せの意味も誤解しています。
そこでも医者になることとか、お金持ちになることとか、
やっぱり幸せを感じる手段、きっかけを答えるのが普通です。
私は今、
幸せとは、肯定している時の心の状態である、と定義しています。
つまり、どんな状態、出来事でも肯定できれば幸せであり、
それが本当の幸せだと思っています。

また、愛を
「肯定して、受け容れること、そしてその意識」と定義しています。

つまり幸せになることと愛を身につけることは、
同じことなんですね。
エリザベス・キューブラー・ロスは、
すべての人が死ぬ前に身につけようとしているのは、
無条件の愛です。というような意味のことを言っています。

愛を身につけることと、
今ここに生きる、今という瞬間に生きるも同じ意味だと思います。
仏性も無条件の愛のことだと思いますよ。

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臨死体験者の意識変化

2007年10月21日 | 掲示板より
Noboru 2000/10/24 21:45

OSさん、こんばんわ。
参考までに臨死体験者の事後変化をまとめておきます。(リングによる)
臨死体験者の意識変化は、体験者が何を体験して来たのかをみごとに物語っていると思います。

①人生への評価
 人生そのものに驚異と感謝を強く感じるようになる。
②自己受容
 体験者は、自己評価と自己受容の感情を強くする。個人的な不安や羞恥、他人を喜ばせたり譲歩したりしなくてはという過度の気遣いは、自信にあふれた独立独歩の態度にかわる。
③他者への気遣い
 体験後のもっとも強烈で一貫した変化は、他者への思いやりが増大することである。他者に奉仕することは、ある体験者がいうように「この世界よりもっとリアルなこと」なのである。
⑤反物質主義(省略)
⑥反競争主義
多くの体験者は体験後、物質的な報酬や成功のための競争をするという、社会に承認された常識的な生き方を追い求めることができなくな る。業績を残すことよりも人を手助けすることの方が、はるかに大切 になる。
⑦精神性(スピリチャリティー)への指向
多くの体験者は、体験後により宗教的になったとはいわず、むしろより精神的(スピリチュアル)なったという。スピリチュアルになったとは、組織としてとしの宗教、あるいは宗教の形式的な側面は彼らにとって重要でなくなり、すべての人を包み込むような、より普遍的、包括的な精神性が重要になるということだ。
⑧知識欲求 (省略)
⑨目的意識
 人生は意味に満ちており、すべての人生に神聖な目的があるという意識が、臨死体験者に深く根づいた確信となっている。多くの体験者は、彼ら自身の精神的なレゾンデートル(存在理由、存在根拠)を発見し人生の使命を果たしていくことが体験後の人生に与えられた任務だと感じている。
⑩死への恐怖の減少
臨死体験によって、完全かつ永久に死への恐怖が克服される傾向がある。死に逝くプロセスにともなう自然な恐怖は残るが、死それ自体の瞬間は体験者がかいま見た崇高な状態へと解放されていく変容の過程として肯定的にとらえられる。
⑪死後の世界
 概して体験者は、肉体の死後にも存続する何らかの意識形態を確信するようになる。
⑫自殺への態度
 臨死体験の経験者がみずから命を断つことはない。また最近の研究では、自殺未遂を何度もくりかえしてきた人たちでさえ、いったん臨死体験をするとたいてい二度と命をたとうとしないことがわかっている。ただし、自分に対しては自殺をかたく禁じる臨死体験者だが、彼らのうち何にかは自殺者に同情と悲しみを感じている。
⑬神を信じる
「神」をどんな言葉で表現するのがいちばんピッタリ来ると感じるかどうかは人それぞれであろうが、体験者は「神」が存在することを知っていると深い内的な確信をもつ傾向がある。彼らのうちの何人かは「神」という言葉のかわりに単純に「光」という言葉を使うようだ。
⑭「自己」超越
上に見て来たような変化の多くが、小さな「自己」という殻を打ち破って宇宙全体へと開かれていく心の成長の方向を指し示しているのは確かなようである。事実、体験者のうち何にかは自他を隔てる壁からかぎりなく自由になって宇宙との一体となる「自己」超越あるいは悟りといってよいような体験を報告している。

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掲示板より:「自分を愛する」と「明暗」

2007年10月01日 | 掲示板より
臨死体験・気功・瞑想の過去ログより、印象に残ったものを紹介しています。掲示板で明と暗について話題となったときの私の書き込みです。

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◆Noboru 「自分を愛する」と「明暗」 2000/10/15

愛場千晶さんが、「日本の気功家たち」の回答のアンケートを送ってきてくれたとき、 回答以外にもいろいろ情報を提供してくれたり、体験を語ってくださいました。 その中に愛場さんの本の一節を紹介してくれていました。
たとえば、

《自分を愛することとは》
自分を愛すること、自分を大切にすることとは、
自分を甘やかすことではありません。
自分を甘やかし、好き勝手をするのではありません。
本当の自分自身を知ることなのです。
自分の欠点、弱いところ、そういったものをしって、
それを受け入れること、許すことなのです。
自分のいい面、悪い面ひっくるめて、
それを、認めてあげて、愛してあげることなのです。
私達は、誰でも、良い面、悪い面をもっています。
(中略)
自分の良い面、悪い面を飲み込んで、
それらをひっくるめて、いやな面もひっくるめて
それを愛してあげることなのです。
そう難しいことではありません。
少しずつ、今の自分を認めてあげる、
許してあげるだけです。
少しずつ、やっていきましょう。
(「ことばの宝石箱」愛と癒しのメッセージ、コスモテン出版)

今ここで話題になっている「明暗」と結びつけて語れば、
自分のいいところも悪いところも引っくるめて許し、受けとめているひとほど、
周囲の世界をも肯定的に感謝の思いで受け入れるでしょう。
それが明。
自分の嫌な部分を受け入れていない、気づいてさえいない、
抑圧したり、排除したりして、意識の外に追いやってしまっていればいるほど、
外なる世界をも否定的に暗く暗く受けとめる。
それが暗。
そんなふうに感じます。

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ヨガのアーサナによる感情の放出

2007年09月30日 | 掲示板より
また、臨死体験・気功・瞑想の過去ログより、印象に残ったものを紹介します。キキさんによる 2000/10/09 の投稿です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

◆キキさん

ここ数ヶ月、休んでいたヨガ教室に又通おうかな、と迷っています。最近は日課にしていたストレッチみたいなヨガもサボってしまい、体がなまっています。ヨガで体を動かして、気を流したいというか。思いっきりのびをしたい。

教室に行ったのは数回(その前に自分で本見て数年間ずっとアーサナだけは覚えてやてましたが)だったのですが、その教室に行ってヨガをやっていると無性に悲しさがこみ上げてきて、涙が出そうになるのです。それまでも家でアーサナを行いながら、感情がこみ上げてきてどうしようもなくなるという体験はあったのですが。特に教室ではシャバアーサナで仰向けになるときは、次から次へと悲しさがこみ上げてきて、かけた毛布で涙を拭う始末でした。自己流ではなく、本格的に呼吸法やアーサナ中の呼吸を習いたくて、教室に行ったのに、家でやる以上に苦しくて、リラックスは殆ど出来ない状態でした。

ヨガをしたことのある友人に聞くと、体をほぐして行くことで、体に蓄積された過去の悲しさやつらさの昇華されていない記憶が蘇って、そのような状態になることはある、といいます。先生も、泣きたいなら自然に泣いてもいいと言います。シャバアーサナをやっていても、リラックスしなくてはいけないとという思いと葛藤して緊張することの方が多かったと記憶しています。ヨガをされたかたいましたらお聞きしたいのですが、そういう体の記憶がヨガをやっていて出てくる、ということはわりとよくあるんでしょうか?瞑想を進めるためにも、体と心のバランスをとることは非常に重要なので、体に直接的に働きかけることで心の緊張もほぐし、リラックスさせるヨガなどのメソッドは私もこれからもっと取り入れたいと思うのですが、そういったストレスで何となく気が引けてしまいます。

それにヨガは結構ストイックなところがあるように感じます。内に向いて行くというか。その点、太極拳や気功は、ポーズとポーズの間に動きがあり、全体の流れがあるのにひかれます。動作の中に連続して瞑そうがあるような、とでもいうか。それも瞑想と意識しないで自然に流れそのものが瞑想になるとでもいうか。まだやっていませんが、その内きっとやってみよう、などと考えています。太極拳や気功でも、抑圧していた感情が出て来るということは初期の段階にもあるのですか?瞑想を続ける上でも、そういった感情の固着と直面し、それを乗り越えなければ、真の解放はやって来ないのだろう、という気がずっとしています。感情の葛藤とどのように向き合い、そこから解放されたか、経験された方のご意見お聞きできると参考になります。瞑想中の恐怖もこの感情の葛藤・固着が大きな原因となっているように思います。みなさんのご意見、体験、是非お聞かせ下さい^。^

この書き込みに対し、似たような体験を投稿した人はなかったが、私のレスを紹介しておく。

◆Noboru(2000/10/09 )

私も気功をやりはじめる前、ヨーガをやっていた時期があります。
少し腰を痛めたのと、時間的な制約でいまはやっていません。
私はとくにキキさんのような感情の放出は経験しませんでしたので、
体験的には何とも言えないのですが。

キキさんの場合は、よほど深いレベルからの感情の放出を体験されているようですね。

気功でも瞑想レベルが深まる気功なら、感情の放出はきっとあると思います。
私は、自発動気功をやっていて、かつてはのたうちまわるような激しい動きがかなり続き、
肉体レベルでのしこりが放出されていったような気がします。
ある気功家の気を受けながらむせび泣いた記憶もあります。

<瞑想を続ける上でも、そういった感情の固着と直面し、それを乗り越えなければ、真の解放はやって来ないのだろう、という気がずっとしています>

キキさんが、おっしゃることは、その通りだろうと思います。

私自身が、まだまだですのでアドバイスは何もできません。
みなさんの中で経験のあるかたはコメントお願いします。

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掲示板より:場が開ける

2007年09月23日 | 掲示板より
久しぶりにサイト臨死体験・気功・瞑想の掲示板より、印象深かった対話を紹介する。H氏の一連の書き込みに対する管理者の応答である。誰かが勇気を出して自分の内面を語りはじめると、その場が開ける。

◆2000/09/21

<今まで他人に恥ずかしくて口にだせなかった事を書かせていただいている上に、何かしら、答えてもらえる、、人に受け入れてもらえるという、素直な喜びを感じます。>

誰もがこんなこと恥ずかしくて言えないということをうちにたくさん持っていると思います。私もそうです。
でもふつうは言いたくても言えない。

ところが思い切って語って見ると、とても共感され、受け入れられることが多いようです。
同じような思いを抱いている人が多いからではないでしょうか。実は私もそうだったと。
誰かが語りはじめることによってみんなが心を開いていくのです。
ある人の勇気ある最初の発言によってその場が開けるのです。

とくに職場や世間一般の場面では、役割的自己(ペルソナ)に生きているから、
そのイメージを外れることは言えない。
だから表面的なレベルでの出会いしかない。

ある人が内面の真実の思いを語りはじめることによって、
そこにより深い出会いの可能性が開けるのです。

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覚醒・至高体験:山田耕雲07

2007年09月23日 | 覚醒・至高体験の事例
ここに取り上げるのは、山田耕雲(やまだ・こううん)という禅僧の体験である。山田耕雲著『新版 禅の正門』(春秋社)よりの抜粋である。

その他の事例は臨死体験・気功・瞑想の「覚醒・至高体験事例集」をご参照いただきたい。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

小生はただ、

「お蔭様で、お蔭様で。」

と言いながら、またうれし泣きに泣きむせびました。そしてしっかりやらなければ、しっかりやらねばと繰り返しつつ申しました。  

その後で諄々と御懇篤な御注意と御垂示がありました。そして最後に平伏した私の耳許で、お目出とうございました、という静かな老師のお言葉を聞きました。

暗い道を老師が懐中電灯を持って山のふもとまで送って下さいました。

それが丁度昨日の今頃です。それから一昼夜たちましたが、今もって余震絶えず、からだ中がピリピリ動いています。独りで笑ったり泣いたりしながら一日を過ごしました。

とりあえず貴兄に御報告申し上げたく、安谷老師からも、宋淵老師も喜ばれるに違いなく、また指導上の参考にもなることだから書いて差し上げるようにとのことでしたので、興奮もさめざるまま、乱筆にて右の有り様、ありのままお知らせする次第です。アメリカの方にもどうぞお伝え下さい。

私のような下根劣機の者でも、因縁純熟すればこのような好時節のあるということを。

いろいろ細かいことも申し上げたいのですが、またの機会にゆずります。 (後略....)  

昭和二十八年十一月二十七日 夜十二時                
                            山田 匡蔵 合掌

中川宋淵老師 座下

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覚醒・至高体験:山田耕雲06

2007年09月20日 | 覚醒・至高体験の事例
ここに取り上げるのは、山田耕雲(やまだ・こううん)という禅僧の体験である。山田耕雲著『新版 禅の正門』(春秋社)よりの抜粋である。

その他の事例は臨死体験・気功・瞑想の「覚醒・至高体験事例集」をご参照いただきたい。

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朝になると私は、練馬関町の道場に安谷老師をお訪ねしました。うかがってみますと、明日から真光寺に接心があるため、一足違いでお出かけになった後でしたので、私はまた、そのお寺のある埼玉県の小川町まで足を延ばしました。

入室をお願いしまして、天地崩壊の一瞬を述べんとするに至って

「うれしくてうれしくて。」  

と言ったままこぶしをあげて膝を連打し、身もだえしながら大声に慟哭致しました。(付記、五日を経た今、この時打った膝が内出血で大きな黒いあざとなっています。子供が見て気持ちが悪いと申します)止めようと思っても止まらないのです。一所懸命体験の有り様をお話ししようとするのですが、口がもつれて殆ど言葉にならず、ついには老師の膝に額を伏せて泣きむせびました。老師は静かに背をなでて下さいました。そして

「ウンそれでよい、それでよい。そこまで痛快にいく事は珍しいことなのだ。これを心空及第という。よかった。よかった。」

と言われました。

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覚醒・至高体験:山田耕雲05

2007年09月13日 | 覚醒・至高体験の事例
ここに取り上げるのは、山田耕雲(やまだ・こううん)という禅僧の体験である。山田耕雲著『新版 禅の正門』(春秋社)よりの抜粋である。

その他の事例は臨死体験・気功・瞑想の「覚醒・至高体験事例集」をご参照いただきたい。

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側には妻と末の男の子が寝て居りましたが、この青天の霹靂にビックリギョウ天し、妻は私の口を両手で押えつけながら、「どうなさいました。どうなさいました。」と連呼したそうです。子供は気違いになったと思ってゾッーとしたそうです。妻の呼ぶ声はたしかに聞いたように思いますが、口を押さえられたことは全く記憶なし。

 「見性したんだ。見性したんだ。ああ、仏祖我をあざむかず。」

と叫んだのはしばらくたってからでしょう。その間どの位の時間だったでしょうか。自分では二十分位の感じがしているのですが、妻の話では、二、三分位だろうと申します。 やや落ち着きました。何事かと驚いて下りてきた二階の人達に、どうもお騒がせしてと言う位のゆとりも出て来ました。

ややあって私は、貴兄より頂いたあの観音様の御写真と、原田老師の御写真と無我相山の老師から頂いた金剛経と安谷白雲老師の御著書(御写真がないので)の前にお線香を立てました。そして只無心に礼拝致しました。それからそのまま端坐致しました。線香一本、二、三分位の感じでした。

その後は全身の皮膚がピリピリ動くような感じがいつまでも続き、実はこうして、ペンを操っている今でも、その余震がつづいています。

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覚醒・至高体験:山田耕雲04

2007年09月04日 | 覚醒・至高体験の事例
ここに取り上げるのは、山田耕雲(やまだ・こううん)という禅僧の体験である。山田耕雲著『新版 禅の正門』(春秋社)よりの抜粋である。

その他の事例は臨死体験・気功・瞑想の「覚醒・至高体験事例集」をご参照いただきたい。

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 ワッハッハッ ワッハッハッ  
 ワッハッハッハッハッハッハッ

なあんにも理屈はないんだ。なあんにも理屈はないんだ。とこれも二度ほど叫びました。

 ワッハッハッ ワッハッハッ   
 ワッハッハッハッハッハッハッ

虚空が真二つに割れて大口を開き、ワッハッハッハッハッ ワッハッハッハッハッ ワッハッハッハッハッと、腹一っぱいに笑ってるいるのです。家の者の話では人間の笑い声ではなかった由。

 最初は寝ていたのですが、途中から起き上がるなり、両腕の折れるほど力いっぱい布団をたたきつけ、たたきつけ、両膝で床を破れるばかりに踏みならしながら、  

 ワッハッハッハッ ワッハッハッハッ   
 ワッハッハッハッハッハッハッハッ

果ては立ち上がって天にのけぞり、地に伏し、   

 ワッハッハッハッ ワッハッハッハッ   
 ワッハッハッハッハッハッハッハッ です。

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覚醒・至高体験:山田耕雲03

2007年09月02日 | 覚醒・至高体験の事例
ここに取り上げるのは、山田耕雲(やまだ・こううん)という禅僧の体験である。山田耕雲著『新版 禅の正門』(春秋社)よりの抜粋である。

その他の事例は臨死体験・気功・瞑想の「覚醒・至高体験事例集」をご参照いただきたい。

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「今日はなんだか大変すがすがしいよ。」
「それはようございましたね。」
「何となく、僕はえらくなれそうな気がする。」と二度ほど同じようなことを申しますと、
「困りますわね、お父様ばかりえらくおなりになって、距離が出来すぎて。」
「いや、大丈夫だ、どんなにえらくなっても心はいつもすぐ側に居るんだから」と、
子供みたいなことを言い合いながら家へ着いたのですが、その間幾度となく、  
「あきらかに知りぬ、心とは山河大地なり、日月星辰なり。」と、
繰り返し繰り返し心でとなえていたことを覚えています。

 丁度その日は、弟夫婦が泊まって居りましたので、一緒にお茶などを飲みながら、龍沢寺へお詣りした話、そこから黒衣姿のアメリカの青年が居て、只見性のみを求めて両度渡日したその物語を、貴兄から伺ったまま話してきかせました。お風呂へ入って寝に就いたのは十二時近かったと思います。


  夜中にフッと眼がさめました。初めは何か意識がはっきりしないようでしたが、フト、 「あきらかに知りぬ、心とは山河大地なり、日月星辰なり。」 の句が浮かんできました。それをもう一度繰り返したとたん、一瞬電撃を受けたようなピリッとしたものを全身に感じたと思うが否や、天地崩壊す。間髪を入れず怒涛の如くワッと湧き上がって来た大歓喜、大津波のように次から次と湧きあがり押し寄せる歓喜の嵐。あとは只口いっぱい、声いっぱいに哄笑する。哄笑の連続。  

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★現在、ブログなどで 「はだしのゲン」を世界へ!! という取組みを行っています。アニメ『はだしのゲン』を世界中の人に少しでも多く見てもらい、原爆の実態を知ってもらおうという運動です。IMDbという映画情報サイトでアニメ 『はだしのゲン』 に投票していただき、このアニメの存在を世界に知ってもらうことを呼びかけています。

皆様による、数分でできる投票が、あと380集まれば、このアニメが、アニメランキングのトップ10内に躍り出て、世界にその存在を知られるようになるのです。

ぜひ投票をお願いします。またブログ「はだしのゲン」を世界へ を紹介していただいたり、呼びかけ文 をブログやメールに貼り付けていただけると、なお目標が実現しやすくなります。詳しくは、呼びかけ文 や、 「はだしのゲン」への投票を!! をご覧ください。
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覚醒・至高体験:山田耕雲02

2007年08月30日 | 覚醒・至高体験の事例
これから取り上げるのは、山田耕雲(やまだ・こううん)という禅僧の体験である。山田耕雲著『新版 禅の正門』(春秋社)よりの抜粋である。

その他の事例は臨死体験・気功・瞑想の「覚醒・至高体験事例集」をご参照いただきたい。

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山田耕雲老師 『再見性の大歓喜』(抄)

....前部分 略....

三島龍沢僧堂 中川宗淵老師宛の手紙

拝啓 過日は御取込みのところへ大勢にて参上し、日和はよし、まことに楽しい一日を過ごさせて頂きました。安谷老師も大変およろこびにて、境致はよし、よい指導者を得て雲衲は仕合せだ、と述懐を洩らして居られました。

さて、あの席上、アメリカの青年のことを中心に見性に関する御話しが出ましたが、あれから幾日もたたない今日、小生自身の体験を御報告することになろうとは思いませんでした。 貴山へ伺った翌二十四日、ちょうど所用で東京へ出て来た家内と帰りが一緒になりましたので、夕方五時頃二人で横須賀行の電車に乗りました。小生は読みかけの『損翁禅話』という書物を開きました。御承知かも知れませんが、損翁というお方は元禄時代、仙台に居られた曹洞宗の尊宿なる由。

丁度大船より少し手前のあたりで書中「あきらかに知りぬ、心とは山河大地なり、日月星辰なり」(付記『正法眼蔵即心是仏』の巻にありと)の句に逢着致しました。この文字は決して初めてお目にかかった訳ではないのですが、何かしらハッと固唾を呑む思いでした。謂えらく「自分も禅に参じて七、八年。ようやくこの一句がわかるようになったか」と。そう思うと急に涙のこみ上げてくるのをおさえることが出来ません。人中なのできまりがわるく、ソッとハンカチで眼を拭って居りました。鎌倉へ着き、裏道を帰る途々、何となくすっきりした気分です。

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★現在、ブログなどで 「はだしのゲン」を世界へ!! という取組みを行っています。アニメ『はだしのゲン』を世界中の人に少しでも多く見てもらい、原爆の実態を知ってもらおうという運動です。IMDbという映画情報サイトでアニメ 『はだしのゲン』 に投票していただき、このアニメの存在を世界に知ってもらうことを呼びかけています。

皆様による、数分でできる投票が、あと380集まれば、このアニメが、アニメランキングのトップ10内に躍り出て、世界にその存在を知られるようになるのです。

ぜひ投票をお願いします。またブログ「はだしのゲン」を世界へ を紹介していただいたり、呼びかけ文 をブログやメールに貼り付けていただけると、なお目標が実現しやすくなります。詳しくは、呼びかけ文 や、 「はだしのゲン」への投票を!! をご覧ください。
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覚醒・至高体験:山田耕雲01

2007年08月28日 | 覚醒・至高体験の事例
今回取り上げるのは、山田耕雲(やまだ・こううん)という禅僧の体験である。

その他の事例は臨死体験・気功・瞑想の「覚醒・至高体験事例集」をご参照いただきたい。

山田耕雲は、1907年、福島県二本松市生まれ。河野宗寛(こうの・そうかん)老師の指導の許、初めて参禅。鎌倉・円覚寺の朝比奈宗源(あさひな・そうげん)老師や大船・黙仙寺の花本貫瑞(はなもと・かんずい)老師の許で、坐禅修行に専念。しかし在家のまま経済界における活動を継続。1950年に原田祖岳老師から受戒。同年、山田老師は、以下に示されるような証悟体験を得、やがて1960年嗣法。その後1967年三宝教団の正師家に任命され、3年後、教団の管長職に就いた。(三宝教団略史をもとに作成)

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★現在、ブログなどで 「はだしのゲン」を世界へ!! という取組みを行っています。アニメ『はだしのゲン』を世界中の人に少しでも多く見てもらい、原爆の実態を知ってもらおうという運動です。IMDbという映画情報サイトでアニメ 『はだしのゲン』 に投票していただき、このアニメの存在を世界に知ってもらうことを呼びかけています。

皆様による、数分でできる投票が、あと380集まれば、このアニメが、アニメランキングのトップ10内に躍り出て、世界にその存在を知られるようになるのです。

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