自己満足的電脳空間

完全自己満足主義。テーマはない。自分の趣味・関心事を偏った嗜好と思考でダラダラと書き綴る自分のための忘備録。

星野仙一監督追悼試合(@ナゴヤドーム)の中日ドラゴンズ着用ユニフォーム

2018-03-08 00:05:00 | ユニフォーム・球場考察
今年1月星野仙一監督の訃報が突然舞い込んできた…。

星野さんが監督を務めた阪神、東北楽天はいち早く追悼試合等の開催がアナウンスされた。しかし、選手として、監督としてもっとも長く在籍していた中日球団は過去に星野さんが阪神の監督に就任した際に中日OB会を除名した経緯があったせいか、あまり積極的に関与しないかのような雰囲気を感じた。

しかし、2月8日球団HP にて3月3日(土)にナゴヤドームで行われる星野仙一氏の追悼試合(オープン戦・対東北楽天)において、哀悼の意を表し、監督・コーチ・選手が胸番号77、背番号20のユニフォームを着用 するということが発表された。

※なお特別ユニホームは3月10日の阪神主催の追悼試合(甲子園)でも着用する予定

3月3日の試合で復刻されたのは1987~1995年モデルのキャップユニフォーム。個人的にはキャップは天ボタンが白に変更になり「D」の筆記体ロゴが最終年となった1996年版、ユニフォームは背番号・胸番号がMLB型で「Dragons」のロゴがドジャースタイプ(ヒゲが左端のDの先端にかかるように変更)の1996~2003年版、その2つが1年だけ組み合わされた1996年モデル(※下記参照)が一番好きではあるが、中日で星野監督といえば1987~1995年モデルがもっともふさわしいというのが球団の判断かもしれない。(1996年以降のユニフォームはLADとの版権の問題もあるかもしれないが)





過去の確執があるにも関わらず、今回このような追悼イベントを開催してくれた中日球団の英断は高く評価されるべきであろう。そして、個人的にもう一つ高評価なのはクソみたいな広告ロゴを、当復刻ユニフォームから一切排除したことであろう!今シーズン、中日も醜悪なるキャップスポンサー を導入したが、こちらも排除されていた。復刻ユニフォームイベントとは往年の歴史に敬意を払い、先人の偉業を称える趣旨のイベントである(今回は追悼イベントなので若干趣旨は異なるが)べきである。それなのに毎回毎回復刻ユニフォームに当時はなかった醜い広告ロゴが貼り付けられ、その都度失望させられた。

星野監督在任時のユニフォームを復刻するために現行の広告ロゴを排除することは容易ではなかったはず。スポンサー契約を結んだ企業への説明、説得、調整等、中日球団は途方もない労力を費やしたはずであろう。しかし、商業主義的なものを排除し、純粋に星野監督への、そして故人を追悼する全ての人々への配慮を優先した、その真摯な対応は感銘すら受けた。ありがとう、中日球団!


※1996年モデル

左から#34 山本昌広/右:#55 大豊泰昭(1996年)


※他にもユニフォームのこと、球場のこと、ゴチャゴチャ言ってます