いせ九条の会

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沖縄の若者は旗やプラカードを掲げながら平和を訴える/山崎孝

2008-05-17 | ご投稿
【激戦地反戦誓う/平和行進】(2008年5月17日付沖縄タイムス)

「5・15平和行進」(主催・同実行委員会)の第一日は十六日、県内外から約千二百人が参加し、三コースで行われた。名護市辺野古から金武町までの東コース、名護市役所前から恩納村万座ビーチまでの西コース、那覇市役所から糸満市ひめゆりの塔までの南コースで、平和や基地撤去を訴えた。行進は十七日も続き、午後三時から北谷町砂辺馬場公園で東コースと西コースが合流し「嘉手納基地の機能強化、爆音被害に抗議する決起集会」を開く。

沖縄戦の激戦地となった南部路を歩く南コースには、県外からの三百人を含む約五百人が参加した。那覇市役所を出発、糸満市の白梅之塔を経てひめゆりの塔までの二〇・七キロを七時間かけて歩いた。

コース途中の小中学校の壁面には、子どもたちの寄せ書きが掲げられ、参加者を激励した。

國吉司団長(47)は「戦跡の多い本島南部を歩くことで、悲惨な沖縄戦の実相を学んでほしい」と強調。鈴木勝幸さん(29)=東京=は「子どもの未来のためにも大人が頑張らなきゃと思った」と汗をぬぐった。

ひめゆりの塔で一行を出迎えた元ひめゆり学徒隊の島袋淑子さんは「戦争を知らない若い方々が旗やプラカードを掲げながら平和を訴える姿に、私たちも励まされた」とあいさつ。

県外からの参加者は資料館を見学したり慰霊塔に手を合わせて反戦平和を誓った。

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真剣な思い 平和に向き合う意味を問う

午前十一時ごろまでは曇り。このままの天気を願いつつも、その後は太陽が照りつける真夏日。直射日光が肌を刺し、ヒリヒリした。見渡すと真っ赤に日焼けしたたくさんの顔。名護市辺野古から金武町営グラウンドまでの十八キロを歩き、平和を真剣に考えている人々がいることを実感した。(西里大輝)

横浜市に住む大橋紀子さん(68)。「五歳の時に終戦を迎え、道路に焼け焦げた人の死体が並ぶ光景を見た。厚木基地から飛んでくるヘリコプターの音に戦争を思い出す。静かで平和な日本にしたい」と願った。

初めて来県し、交通整理に飛び回った木崎宏哉さん(25)は「沿道の人が手を振ったり声援を送ったりしている。この行進が支持されていると感じた」。北海道から参加、地元の思いに触れたという。

辺野古で座り込みを続けている嘉陽宗義さん(86)は「毎年ありがとう。涙が出る思い」と早くから出発地を訪れ、思いを託すように参加者を見送った。

行進初日、県民の姿は少なかった。平日で仕事がある、仕方がないのか。関心が薄れているのか。歴史を知らない結果なのか。

深く考えず参加したが、多くの人と話し、沿道の人々を見ながら、平和に向き合う意味を突きつけられた。(以上)

★コメント この平和行進には、いせ九条の会の会員が参加しています。私が18日の講演会と総会の参加呼びかけをしていてわかりました。

沖縄の人たちは歴史を歪曲して、教科書の記述を変えようとした勢力に一定の打撃を与えました。検定意見の撤回を求めて戦い続けています。

歴史の歪曲は国内だけでなく海外からも批判を受けています。

対日「慰安婦」決議のひとつで2007年12月13日採択された欧州議会決議では、慰安婦問題にとどまらず歴史全体に対して「日本政府はどこの国の道徳的義務でもあるように政府と国民が自国の歴史の全体を認める手段を講じ、かつての自国の行動についての認識を涵養するように勧め、現在と将来の世代に歴史的事実を教育するよう要請する」となっています。

他に、対日「慰安婦」決議は、韓国国会、台湾立法院、フィリピン下院外交委員会、オランダ下院、カナダ下院で採択されています。