いせ九条の会

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戦後体制から船出は必要なし/山崎孝

2006-09-17 | ご投稿
私が投稿した文章が新聞に運良く掲載していただきましたので紹介します。

【戦後体制から船出は必要なし】(2006年9月16日付け朝日新聞「声」欄掲載文)

小泉首相はかつての自民党総裁選挙で公約したのは「自民党をぶっつぶす」であった。しかし、今度の総裁選で、政治家の信念より派閥の力によって政権党内で利得を得ようとする体質は変っていない。

その総裁選候補の安倍晋三氏の公約に「戦後レジーム(体制)から新たな船出」がある。しかし、この戦後体制は、戦前の日本の体制からの脱却だったことを忘れてはいけない。

戦前の日本は国民主権、自由と民主主義、平和主義ではなかった。これを変えたのが現行憲法であり教育基本法であった。

教育基本法は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない、とうたった。

これは戦前の日本が忠君愛国教育で、無謀な戦争に国民こぞってのめりこんだ教訓から学んだものだった。

憲法の理念は、国際紛争を武力で解決しないことである。イラクやレバノンの戦争で国際世論は「武力を使うな」だ。

今、日本が新たな形で船出する理由は見つからない。(以上)

私が「総裁選で、政治家の信念より派閥の力によって政権党内で利得を得ようとする体質は変っていない」と述べた根拠の一例を紹介します。朝日新聞9月13日の記事は、旧宮沢派の共同代表《古賀誠は2月の講演で、小泉路線を「日本が将来滅びてしまう危うさを大きくする」と批判。周辺には「総裁選は安倍以外でやるしかない」と公言していた。ところが、7月21日に安倍の対抗馬と目された元官房長官・福田康夫が不出馬を表明すると、路線を一気に反転させた》と伝えています。そして安倍氏支持になります。

この背景にはかつて小泉氏一本で派内がまとまらなかったことが災いして、人事でとても冷遇されたことがあると言います。小泉の靖国参拝や路線を批判してきた加藤紘一氏は《みな、バスに乗り遅れたら人事に不利になるという思いなんだろう。ただ私のような考え方の議員は、党内に少なくとも2、3割はいると思う。人事が終われば、ムードは変ると思う》と述べていることを朝日新聞は報道しています。

私が今読んでいる、楠精一郎著「大政翼賛会に抗した40人」という本には、次のような文章があります。

《「バスに乗り遅れるな」というスローガンのもとに、昭和15年8月までには全ての政党が政党政治家たちに自らの手で解消され、「新体制運動」は同年10月に大政翼賛会として結実した。》

楠精一郎さんはこの新体制運動の背景をヨーロッパにおけるドイツの電撃的勝利、日中戦争の膠着状態や米国の資源締め付けの状態を、従来からの政党政治や議会政治では解決できないことに対する苛立ちがあった。「新体制運動」は軍部がバックアップしたから軍部への迎合。政府や軍部に協力することが勝利へ向けての責務と考えた政治家がいたなどをあげています。

政治家の「バスに乗り遅れるな」という思惑があった大政翼賛会は太平洋戦争へと向かう体制となりました。安倍氏が提唱したことは、自由と民主主義・平和主義を根幹とする戦後体制の破壊です。解釈改憲さえ行って集団的自衛権行使の道を開こうとしています。海外で武力行使が可能なケースを政府内で検討しようとしています。

戦後体制からの船出は、舫いを解いて戦争への航路に船出することだと思います。この危険な進路を「バスに乗り遅れるな」という政治的利得の思惑で、自民党の政治家たちは選んだと言えます。

安倍官房長官は、中国と肩を組まない理由に、米国と同じ価値観である、自由、民主主義、市場経済、法の支配、人間の尊厳を共有していること(2006年6月に発表した「新世紀の日米同盟」)を挙げています。また、これらの価値観を米国は武力を使っても広げると考えることに、日本は双務の責務が必要と言ってまで同調します。

日本の戦後体制は自由、民主主義、人間の尊厳を基調にしたものでありますから、これからの船出は「新世紀の日米同盟」の考えと表面的には整合性が保てません。安倍氏の目指す国家の体制が、個人より国家に重きを置く体制であるならば論理的矛盾は解消します。

今は大政翼賛会の時代とは違います。男女とも選挙権を持っています。まだ言論の自由、政治活動の自由、結社の自由があります。集団的自衛権行使の解釈改憲や明文改憲反対の世論を高めていけば、民主・公明も無視できず、集団的自衛権行使改憲の翼賛体制には容易に同調できません。新聞も読者の意向を無視して簡単には改憲翼賛体制には同調できません。この点ではテレビメディアが世論の縛りが一番弱いと思います。

「大政翼賛会に抗した40人」の中に、三重県から選出された尾崎行雄の記述があります。実はこの本を購入した動機は、尾崎行雄のことを知りたかったからでした。