萎草の茂るブログ

鵺帝国の飛び地。暇人も多忙の方も。

「純と愛」

2013年03月30日 | 日記
偶には昔みたいに朝ドラの感想でも書いてみましょう。


(ネタバレ注意)


今日、連続テレビ小説「純と愛」が終わりましたね。
個人的には「なんだかなー」と言う感想です。
全体的に、朝ドラ向けの脚本ではないように思えます。


まず、【愛の設定】。
愛の「人の本性が見える」「(歌以外)何でも完璧にこなす」という現実離れした設定はちょっと如何なものかと。
本来、このドラマは純の(或いは純と愛の夫婦の)成長を描いたものである筈(だと思う)。
超人・超能力モノのドラマならまだしも、この設定では視聴者に何を見せたいのかがブレてしまっている気がします。

次に、【内容の多さ】。
たった半年の放送期間の内に「オオサキプラザホテル」「里や」「新生サザンアイランド」と舞台を移しすぎ。
朝の15分間、多くの視聴者は毎日真剣にテレビに向かっている訳ではないでしょう。
事件がてんこ盛りすぎてストーリーを追うだけでもヘビーです。
朝ドラは多少見逃しても問題無いぐらいライトな内容でないと厳しいですね。

それから、【鬱展開の多さ】。
旧サザンアイランドの売却・晴海の痴呆・善行の急死・里やの炎上・台風襲来等、枚挙に暇の無い鬱展開。
2月や3月になってから「これは今後どうやって回収するの?」と思わせる展開は精神衛生上よろしくない。
特に善行の急死は完全に「どうしてこうなった」状態。一体何を考えてこんな展開にしたのか全く理解できません。
あんまり朝からハラハラさせられたのでは気分が良くないですね。

最後に、【最終回の歯切れの悪さ】。
あのモノローグは何だったんでしょう?
あれでは純の感情のモヤモヤ感がまるで晴れていません。
折角快活な印象の主人公なのだから、もっと「元気を取り戻してバリバリ働いてる」映像を映せば良いのに。
いっそ場面を10年後とかにして、愛の復活を匂わせる表現をするなど、幾らでも未来志向の明るい魅せ方はあるでしょう。


とまあ、不完全ではありますが纏めてみました。
話自体は面白くない訳ではないんですけど、どう考えても「朝からは見たくない」話でした。
同じ沖縄が舞台の「ちゅらさん」(2001年度上半期)が良作だったのと比べてしまうと、うーん。


私が朝ドラについて考えていることを書きます。
基本的に、朝ドラは
  • 安心して見ていられる
  • 見ていてあまり頭を使う必要が無い
  • 偶にしか見なくてもストーリーが掴める
ぐらいの条件を満たしているべきでしょう。
これは言い換えると
  • 鬱展開・バッドエンドは避ける
  • 設定に凝りすぎない
  • 各エピソード・各週のサブタイトル毎の独立性を高くする
ぐらいでしょうか。
勿論、話のアクセントとして主人公に対する試練は必要でしょう。
しかしそれをいつまでも引き摺られたのでは視聴者が参ってしまう。
週1での放送なら兎も角、毎朝見ることを考えるとせめて事件・問題はその週のうちに解決して欲しいですね。


「女王の教室」「家政婦のミタ」と言った鬱展開ドラマ(どっちも見てないけど)に定評のある遊川和彦氏の脚本だから仕方無いのかもしれません。
しかし、朝ドラファンとして言わせて貰います。もうちょっと何とかなっただろ!


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朝ドラに関する過去の記事
2005年3月28日 2005年3月29日 2006年4月1日 2008年9月29日
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