倭人が来た道

謎の民族文様が告げる日本民族の源流と歴史記憶。

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第1章 幾何学文の謎

2012-11-07 10:30:48 | 第1章 幾何学文の謎
●銀象嵌銘太刀(国宝・東京国立博物館所蔵) Image:TNM Image Archives Source:http://TnmArchives.jp/ ●鵜飼いの伝統  3世紀半ばの倭国を目撃した中国人の調査記録に基づく『魏志倭人伝』は、倭人の官吏に奴佳鞮(ぬかて)という人物がいたと証言する。また、5~6世紀築造の江田船山古墳から出土した鉄刀には、幅数ミリの峰の部分に銀象嵌で . . . 本文を読む
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第2章 装飾古墳と装飾画の源流

2012-11-07 10:30:20 | 第2章 装飾古墳と装飾画の源流
●装飾古墳の源流  装飾古墳に描かれた幾何学文様が、遥か縄文時代から日本列島に存在した事実を見てきたが、それでは石棺や古墳の壁面に装飾を施す文化が「どこからやってきたのか」と考えたとき、そこに見えるのは実は中国大陸である。(以下は岡崎 敬・九州大学名誉教授の論説からの引用だが、全文を掲載すると長くなるので要点を抜粋させていただく)。 ●壁画古墳の起源は漢代の中国 ❶河南省洛陽の壁画 . . . 本文を読む
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第3章 中国少数民族と長江文明

2012-11-07 10:30:00 | 第3章 中国神話の中の少数民族
 中国では、神話時代の伝説上の8人の帝王たちを三皇五帝という。『史記』を書いた司馬遷は三皇を省いて五帝本紀から記録しているが、唐代に司馬貞が補筆して三皇本紀を加えた。それによると、伏義(ふくぎ)、女媧(じょか)、神農(しんのう)を三皇とする。今回のテーマが民間伝承と民間信仰にかかわることなので、ここでは司馬貞に従って三皇五帝について簡単に触れる。 ❶三皇/伏義  下半 . . . 本文を読む
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第4章 長江文明

2012-11-07 10:29:44 | 第5章 長江文明
 中国における神話時代の推移をみてきたが、神話がまるで根拠のない創作ではないことを示唆するかのように、紀元前7000年から紀元前3000年頃にかけて黄河文明に匹敵する文明が長江流域に存在した。それが長江文明である。考古資料を眺めると堅苦しくなるので極力簡単にする。 ●長江中上流域の文化 ①紀元前12000年頃―仙人洞・呂桶環(ちょうとかん)遺跡  紀元前12000年頃に栽培した稲が . . . 本文を読む
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第5章 幾何学文の源流

2012-11-07 10:29:27 | 第6章 幾何学文の源流
 これまでに見てきた歴史の流れと民俗移動の経緯からみると、雲南省の滄源岩絵を描いたのはどうやら、漢族に追われて長江上流部へ移動した三苗族の枝族らしい。このことを裏づけるかのように、三苗族の子孫たちが現代まで伝える伝統的民族文様の中にもののみごとにその名残りを確認することができる。  写真は雲南省新舗郷高瀬村の苗族の衣装の背中側。かなり洗練されてきてはいるが、双極文・わらび手文、双脚輪状文など、 . . . 本文を読む
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第6章 信仰的精神性が息づく民族文様

2012-11-07 10:29:10 | 第7章 信仰的精神が息づく民族的文様文化
 古代日本の装飾古墳にみられる文様が、どうやら、中国の少数民族・苗族の伝統文様にみられるらしいというところまで迫ってきた。それは、古代人の暗号でもメッセージでもなく、彼らが神と崇める蛇をあしらったものだった。これらが長江流域から日本列島に直接もたらされたとする私の推察を裏付けるために、古代の中国と日本列島における「信仰的精神性が息づく民族文様」の視点でみつめてみよう。これが実に多様で、古くから広範 . . . 本文を読む
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第7章 長江河口からきた人びと

2012-11-07 10:28:51 | 第4章 長江河口からきた人びと
 私たち日本人は、その風貌から生活習慣・生活様式・精神性に至るまで、東アジア諸国はむろん、長江流域の少数民族との共通点を持ち合わせている。これらの諸民族の文化が長江河口から日本列島にやってきた可能性について、古賀登氏は次のように述べている。  「長江を下って東シナ海に出れば、偏西風と黒潮に乗ることができる。黒潮の流速は、本州南方で最も速く3~5ノットに達し、この流れに乗れば容易に日本に到達する。 . . . 本文を読む
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第8章 確かな状況証拠

2012-11-07 10:28:35 | 第8章 確かな状況証拠
●横穴墓の源流  今回、私が資料とした異国の旅人氏の写真の中に、考古学的にも注目すべき1枚があった。それが、貴州省都江鎮不巫郷の村の裏手の崖にある横穴墓である。この横穴式古墳と、熊本県人吉市の大村横穴墓、同じく熊本県山鹿市の横穴式古墳の写真と比較していただけば、崖に横穴を彫って墓をつくる着想から、共同墓域として群衆墓を構成するところまで、まったく同じであることが分かる。横穴式古墳もどうやら、長江流 . . . 本文を読む
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第9章 確かな足あと

2012-11-07 10:28:19 | 第9章 確かな足あと
 古代中国に誕生した伏義・女媧信仰の日本列島への影響と広がりを民族的伝統文様の視点からみてきたが、今度は確かな直接証拠を幾つか提示する。現代の日本列島においても、蛇にまつわる信仰は連綿と息づいている。それらが偶然の類似や「他人のそら似」ではないことを確認するために、古代から現代に至るまで日本列島に残る伏義・女媧信仰(蛇信仰)の足あとを見ていく。 ●列島に息づく蛇信仰 . . . 本文を読む
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我田引水に陥らないために

2012-11-07 10:28:02 | ●我田引水に陥らないために
 私は、縄文人と倭人のルーツが三苗族だと限定的な史観を述べるのではなく、長江流域の上流部から河口部に至るさまざまな民族が来ているとみている。そのことを、日本列島にみる土器や住居様式の多様性、信仰対象と信仰様式の多様性が物語っている。むろん、縄文の土器・土偶の文様も必ずしもうず巻き文様とは限らないし、明らかに黥面・文身とみられる文様がある事実も承知している。また、山東半島や朝鮮半島経由の渡来が皆無だ . . . 本文を読む
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第10章 海流が育んだ稲作伝播ルート

2012-11-07 10:27:43 | 第10章 海流が育んだ稲作伝播ルート
 日本列島への稲作伝播ルートについては現在も議論が分かれているが、私が目にした数ある資料の中にはこういう意見もある。 ①松菊里遺跡が日本の農耕文化の源流をなす。 ②水田稲作の渡来経路は「長江下流―松菊里遺跡―北九州」である。 ③朝鮮半島南部に定着したあと稲作民の移動とともに九州に伝えられた。  この意見とこれまでの考察をすり合わせると、土器と文様文化と稲作は、 . . . 本文を読む
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第11章 遅れてやってきた黄河文化

2012-11-07 10:27:25 | 第11章 遅れてやってきた黄河文化
 長江流域の少数民族との生活文化・食文化などの共通性については、さまざまな人たちによって唱えられてきた。その一方で、稲作をはじめとした諸文化や渡来人は朝鮮半島経由で渡来したとする説も根強い。ここでは、縄文時代から弥生時代早期における黄河流域および朝鮮半島からの人・物・文化の渡来は、長江流域からのそれよりは少なかったとの推論をすすめる。 ●鼎と三足土器のアリバイ  日本の縄文土器や弥生土器には、 . . . 本文を読む
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第12章 遅れてやってきた朝鮮半島経由の文化

2012-11-07 10:27:08 | 第12章 遅れてやってきた朝鮮半島経由の
 縄文の日本列島や朝鮮半島における三足土器が極めて少ない事実からいえば、「黄河流域文化が本格的に朝鮮半島や日本列島へ入りだす時期」は、やはり三足土器や鼎をつくらなくなった秦以降と考えるべきなのかも知れない。  紀元前4000年頃の朝鮮半島には櫛目文土器が出現する。対馬でも櫛目文土器が分布している。櫛目文土器文化のあとに、北方に起源を持つと思われる農耕を伴う無文土器文化が広まる。縄文時代前期に日本列 . . . 本文を読む
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第13章 中原王朝に倣った倭国支配層の儀礼

2012-11-07 10:26:27 | 第13章 中原王朝に倣った倭国支配層の儀礼
 信仰的精神性と幾何学文様、熱帯ジャポニカと土器文化、海流がつくる渡海ルート、銅鐸祭祀の起源、文身に象徴される習俗、横穴墓や封土の墳丘墓から、舟形木棺、人骨のDNA分析結果などなど、すべてが長江流域文化に集約するのをみてきた。ところが、倭国王家から天皇家へと脈絡する支配層の祭政手法(信仰的儀礼)は、これまでに見てきた「伏義・女媧信仰」とは明らかに異なる。これはまた、どうしたというのだ . . . 本文を読む
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第14章 二種の神器と三種の神器

2012-11-07 10:26:09 | 第14章 二種の神器と三種の神器
 倭国王家から天皇家へと脈絡する支配層の祭政手法(信仰的儀礼)は、中原王朝のそれに倣ってきた。これに、後漢末の中国で盛んになった天師道(初期道教)の要素が複合すると述べたが、その最たる事例が「三種の神器」である。  中国学界でも道教研究者として知られる福永光司によると、道教の前身たる張魯の天師道は鏡と剣を二種の神宝としていたという。これが4世紀末ごろに儒教を取り込んで、道教として体制内宗教に昇華し . . . 本文を読む
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