伊佐子のPetit Diary

何についても何の素養もない伊佐子の手前勝手な言いたい放題

羽生結弦の報道量と評価

2022年02月22日 | 羽生結弦
22日にはさすがにもう、
羽生結弦選手の報道はないだろうと思っていたら、
スポーツ紙には
北京オリンピックの日本選手団が帰国したというニュースで
羽生結弦選手が一番大きく扱われていた。


他の選手の写真ももちろんカラーで扱われていたが、
一番大きいのは羽生選手だった。

300人のファンが羽田に出迎えていたという。




報道陣は羽生選手の中国での人気の高さに一目置いたものか、
それとも一番ニュースバリューになると判断したものか。。


京都新聞は、選手団の帰国ニュースも一面で扱っていたが、
それは京都ゆかりの河辺愛菜の帰国時のカラー写真で、
羽生選手は記事だけで写真すらないのは相変わらずだったが…。




けれどもスポーツ新聞が今回、メダルを逃したにも関わらず、
ここまで羽生選手を大きく扱うのは、
冬季五輪の選手たちの中で、それだけ有名であって、
人気もあるからだろう。






それは、ソチ・オリンピックの時の浅田真央を思い出させる。

金メダルを獲得した羽生結弦より、
浅田真央の「感動のフリー」が国民の感動と関心を集め、
大きく話題の中心になったように。
浅田の人気もその頃絶大だった。

浅田真央もあの時、実力を発揮出来なくて国民の同情を集めた。



ではその時の浅田と今回の羽生とは似た現象なのだろうか…
羽生結弦も今回は自身の持つ実力を発揮出来なかった。


ただ一般人には、オリンピックの時の成績で実力は決まるとも言える。

羽生は4位という成績がオリンピックでの実力だったということだ。



オリンピックを二連覇したという圧倒的な成績を残しているが、
それから4年が経って、実力が落ちて来た、
と表面的には思えないこともない…。

けれども直前の全日本フィギュアでは圧倒的な成績で優勝を収めている。
そのことも確かであり、それも実力だ。

たまたま北京オリンピックでは不運だったと言える、というだけだ。



-----------



門外漢であるように見える茂木健一郎氏は、
今回の北京五輪で羽生選手の演技に魅せられたように思える。
茂木氏のブログにこんなことが書かれている…。



茂木健一郎
https://lineblog.me/mogikenichiro/archives/8479631.html
芸術家としての羽生結弦選手の演技の与える感動は、
その困難=情熱=passionに由来する
2022/2/21 09:45


「羽生結弦選手がすぐれたアスリートであることは疑いない。

 ソチ五輪、平昌五輪と二連続の金メダルに輝いている。

 しかし、北京五輪をふりかえって思うのは、
羽生結弦選手はすぐれたアスリートであるとともに、
あるいはそれ以上にすぐれた芸術家、アーティストであるということだ。

 そして、本来、
アートは採点やメダルといった基準で評価されるものではない。


 五輪二大会金メダルは偉業だが、
メダルなしに終わった北京五輪の羽生結弦選手のスケートを
見た心に残るのは、圧倒的な芸術の感動である。

その芸術の圧と熱においては、
今回の金メダルのネイサン・チェン選手よりもむしろ上回っていたと思う。


 そもそも、芸術に点数などつけられない。

 フィギュアスケートという競技はその点に本質的な矛盾をかかえており、
その矛盾というリンクの上で、
羽生結弦選手は魂の演技をしてきたのだと思う。


羽生結弦選手の情熱(passion)はどこからくるのだろうか。

 passionは、ラテン語のpassioに由来する。
passioは受難を意味する。

キリスト教においてはイエス・キリストのたどった困難な道が
passioであり、それにインスパイアされた名曲が
バッハの「マタイ受難曲」である。

情熱は、受難からくる。

 スケートのリンクの上で東日本大震災に遭遇し、
数々の故障に悩まされながらもスケートという道を探求してきた
羽生結弦選手ほど、困難=情熱=passionという言葉が
ふさわしい人はいるだろうか。

 芸術家としての羽生結弦選手の演技の与える感動は、
その困難=情熱=passionに由来するのである。」





茂木氏は羽生選手の演技は芸術であり、
金メダルのネイサンより芸術としての感動があったと綴っている。

茂木氏にとっては金メダリストより羽生選手の演技が心に響いたようである。


以前、動画でも、
ネイサンたちメダリストより段違いの感動を受けたと語っていたように、
羽生選手の演技にかなり感銘を受けたようだ。

羽生選手の演技が与える感動は、困難への遭遇から来る、
という考察もしている。


これこそが羽生選手の持ち味というか、真髄なんだろう…。



#羽生結弦 選手の魂の演技を見て考えた #フィギュアスケート の本質
https://youtu.be/46NdBOiXSRQ




茂木氏は再び熱く羽生選手を動画で語っている─


#羽生結弦 選手の #情熱 と #カリスマ について考える
https://youtu.be/muZAwW-vyw8




思わず語らないではいられない、それほどのものがあるのが
羽生選手の演技なのかもしれない。





そしてまた、首藤正徳という日刊スポーツの記者が、
日刊に寄せている文章があった。

「スポーツ百景」と題して、
「メダル超越した美しい羽生 4年後も」というタイトルのコメントである。


日刊スポーツ
首藤正徳のスポーツ百景
https://www.nikkansports.com/sports/column/hyakkei/news/202202210001065.html

フィギュアスケートが面白いのは、
実際の順位と自分の好みが必ずしも合致しないところだ。

それは自らの美意識や価値観、
人生観を選手の演技に投影して見るからだと思う。

北京五輪の男子の金メダリストは多彩な4回転ジャンプを決めた
ネーサン・チェン(米国)。その結果に異論はない。

それでも私は羽生結弦の美しい演技にひかれる。

近年、ジャンプの技術は急激に進歩した。

男子選手が跳ぶ4回転ジャンプの種類と数は五輪のたびに増加して、
その正否でほぼ成績が決する。

これは時代の流れだから仕方ないが、
私の理想のフィギュアスケートは、
曲と振り付けを見事に一致させた表現力に、
質の高いジャンプが溶け込んだ演技。

その視点で見ると、今の羽生結弦の力は抜きんでている。


私の原点は、91年3月にミュンヘンで開催された世界選手権。

取材のお目当ては女子の伊藤みどりだったが、
男子2位ビクトール・ペトレンコ(ウクライナ)の、
バレエダンサーのような美しい演技に魅了された。

優勝した当時唯一の4回転ジャンパー、
カート・ブラウニング(カナダ)より、
優雅で気品に満ちたペトレンコの演技にフィギュアの魅力をより強く感じた。

長い間、この競技は「ジャンプか演技力か」の議論が続いてきた。

それを一体化させたのが羽生だと私は思っている。


ジャンプの前後にも高難度のステップを華麗にこなし、
スピンもジャンプも美しさが際立つ。

まるで振り付けにピアノの旋律が合わせているように、
演技全体の質が高いからだ。
彼自身も物語の主役になりきっている。

北京五輪ではショートプログラムで氷の穴に靴のエッジがはまり、
冒頭の4回転ジャンプが空回りする不運に見舞われた。

フリーではリスク覚悟で挑んだ4回転半ジャンプに失敗して、
総合4位に終わった。

3連覇は途絶えたが、今回は羽生の五輪ではなかった、
ということだけだ。

依然として彼が、チェンの最大のライバルであることに変わりはない。


これからもジャンプの進化は続くだろう。

しかし、羽生には新たなジャンプにこだわらず、
自分のフィギュアスケートを極めてほしい。

20日のエキシビション終了後、
彼は「“羽生結弦のスケート好きだな”と思ってもらえる演技を続けたい」
と語った。

メダルの色も超越した、羽生結弦の美しい円熟の演技を、
4年後の五輪でもう1度、見たいと思った。

【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)






(ペトレンコは92年・アルベールビル・オリンピックのチャンピオンで、
芸達者なエンターテイナーでもあった
プルシェンコの本当の憧れの存在でもあった)




この首藤氏も、金メダルに異論はないと言いつつ、
それよりも羽生選手の美しい演技にひかれたという。


長くフィギュアは
「ジャンプか演技力か」の議論が続いてきた。
が、
「それを一体化させたのが羽生だと私は思っている」と。


確かに羽生選手の演技は美しさが際立ち、演技の質が高い。
それがフィギュアオタクばかりでなく、
一般の人たちの心にも響く理由だと思う。

これほど妙齢の男性たちが熱く羽生選手について語るのである。
それほど羽生選手の演技は、人々の心を動かした。

4Aに挑戦というだけでなく、その演技そのもので。


それは浅田真央の「感動のフリー」ともまた違う。
感動した、というより美しい演技に魅入られた、
…と言った方がいいのではないだろうか。
・・・・・





ただひとつ問題なのは、それが現行ルールでは採点に反映されないことだ。

高難度ジャンプを何度も飛んで、成功させると、
PCS(演技構成点)まで引きずられて高得点が出る、という、
現行の採点がどこかおかしいように思う。

元来、演技構成点は、
ジャンプの成否とは関連がないはずだと思うのだ。
これは素人だからの考えなのだろうか。



PCSの項目にある「スケート技術」や「トランジション」
「パフォーマンス」、「コンポジション」「音楽の解釈」

これらはどれもジャンプとは関連づけないで点数に反映されるはず、
だと思うのに、
ジャンプを成功させただけで、これらの項目がぐんとアップする。


どれだけ美しいスケート技術を見せても、
ジャンプの基礎点が低いと演技構成点は抑えられるし、

高難度ジャンプを複数成功させれば、トランジションや
スケート技術が格段にすごいわけでもないのに高い得点が出る。


現行の採点ルールに疑問を感じるばかりだし、
ルールが正しく運営されているかも疑問がある…。


羽生選手の演技がこうして芸術として、美しいものとして
素人にも認められているのに、点数に反映されない。
演技に見合った得点がもらえない。
本来なら演技構成点で評価されるべきところを…。


・・・・・


それがここ何年か…、平昌五輪以降、
羽生選手を苦しませて来た、悩ませて来た、
採点ルールの変更による点数の偏向採点ではなかったろうか。

ルール変更により、
羽生選手の目指す理想のスケートが評価されにくくなった。
その葛藤が羽生選手自身にもあったに違いない、と思う。。


本来ならば、羽生選手の演技は芸術性の点でも高得点が望めるはずだし、
点数にもっと高く反映されても良いのに、…と、
それが残念なのである・・・。



…それでも多くの識者に
羽生選手の演技の素晴らしさが浸透しているのだとすれば、
それはそれで、
意味のあったオリンピックだったとも言えるのかもしれない…







画像

中日新聞写真部
https://twitter.com/chunichiphoto

getty images
https://www.gettyimages.co.jp/
など




☆追加☆

羽生選手からのメッセージ…かわいい…


【公式】羽生結弦選手から感謝のメッセージとサイン
JapanOlympicTeam
https://youtu.be/w7ZgP0ebeZs



TEAM JAPAN
https://twitter.com/Japan_Olympic/status/1496062215870427142

#フィギュアスケート 男子 #羽生結弦 選手から
応援いただいた皆さんへ向けて感謝の気持ちを込めたサインとメッセージ




こんにちは。フィギュアスケートの羽生結弦です
今回、沢山の応援ありがとうございました。
そして皆さんの応援が、僕の背中を押してくださり、
そして演技となったと思います。
本当にありがとうございました。

えー本当に沢山の力をいただきました。
これからもどうか応援し続けて下さい。







激闘を演じた同じ人と思えない…
かわいすぎる(;゚Д゚)
応援しつづけますとも…
というか、応援できるのね(T_T)




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