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誰も言わないけれど戦争にはこれだけカネがかかる 太平洋戦争の戦費は天文学的レベルだった! JBプレス

2016年08月01日 | 日記

 

 
一部引用
参院選の結果、改憲勢力が3分の2を超えたことで、憲法改正が視野に入ってきた。
 
戦後の日本において安全保障の問題はイデオロギー論争と同一であり、憲法9条はもっぱら政治的な視点でのみ議論されてきた。
今でもその傾向は大きく変わっていない。
 
だが、仮に9条が改正され、日本でも戦争遂行が可能ということになるとそうはいかなくなる。
軍隊というのはお金のかかるものであり、経済問題と切り離して安全保障を議論することなどできないからである。
 
現在の日本は大きな経済的課題を抱えているが、戦争を経済の視点で捉えた議論はほとんど行われていない。
日本は太平洋戦争という無謀な戦争を行い、国家財政を完全に破たんさせたという恥ずべき過去がある。
本当に憲法を改正するつもりがあるのなら、戦争というものに対してもっとリアルな議論が必要なはずだ。
 
 
「太平洋戦争の戦費は国家予算の280倍?」
 
 戦争にはどのくらいのお金がかかるのか?
 
そう聞かれてスラスラと答えられる人はそう多くないだろう。メディアの報道でも経済的な部分に焦点が当たることは少ない。
だが戦争の遂行能力は、その国の経済力に依存しており、経済や財政の問題と不可分である。戦争と経済の関係を知るには、まずは過去の具体例を探るのが近道である。
 
日本は明治維新以後、日清戦争、日露戦争、太平洋戦争という3つの大きな戦争を経験している。
最初の大規模な戦争となった日清戦争の戦費は、当時の金額で約2億3000万円、初の近代戦となった日露戦争の戦費は約18億3000万円だった。
 
 
 
日清戦争開戦当時のGDP(当時はGNP)は13億4000万円だったので、戦費総額のGDP比は0.17倍である。
現在の日本のGDPは約500兆円なので、単純に0.17倍という数字を当てはめると85兆円という金額になる。
現在の国家予算(一般会計)は約100兆円なので、国家予算に匹敵する金額を1つの戦争に投じた計算だ。
 
 一方、日露戦争当時のGDPは約30億円だったので、日露戦争における戦費総額のGDP比は0.6倍である。
日露戦争の負担は日清戦争よりもはるかに大きく、現在の金額に当てはめると300兆円ということになる。
 
日清戦争から10年後に行われた日露戦争は、当時、急速に発達しつつあったグローバル経済を背景に実施された。
最新鋭の艦船やハイテク兵器が多数投入されたため、戦争遂行期間がほとんど同じであるにもかかわらず、日清戦争の8倍もの戦費を必要とした。
 
これが太平洋戦争になると根本的にケタが変わってくる。太平洋戦争(日中戦争を含む)の名目上の戦費総額は約7600億円。
日中戦争開戦時のGDPは228億円なので、戦費総額のGDP比率を計算すると33倍になる。国家予算に対する比率では何と280倍という、まさに天文学的な数字である。
 
 
 



独占!巨泉さん家族の怒り「あの医者、あの薬に殺された」~無念の死。最後は寝たきりに ~現代ビジネス~

2016年08月01日 | 日記

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独占!巨泉さん家族の怒り「あの医者、あの薬に殺された」~無念の死。最後は寝たきりに

一部引用
〈3月27日に国立がん研究センター中央病院に緊急入院して検査をしたが、幸いがんは見つからなかった。

(中略)

CVポート(胸に埋め込む点滴補助器具)をすれば自宅での在宅介護で問題ないと言われ、がんセンターを4月5日に退院したのである。

しかしこの在宅介護が大ピンチの始まりになろうとは神のみぞ知るであった。

退院した5日の午後、我が家を訪ねてきた在宅介護の院長は、いきなりボクに「大橋さん。どこで死にたいですか?」と訊いてきた。

以前にも書いたようにボクは既に死ぬ覚悟はできていたのだが、「エッ?俺もう死ぬの?」と呆然とした。

次に「痛い所はありますか?」と訊くから「背中が痛い」と答えたら、直ぐにモルヒネ系の鎮痛剤のオプソやMSコンチンが薬局から大量に届いた。

院長は毎日来るのだが特に何もしない。この頃からボクの記憶は曖昧になる〉


「この医者はやめよう」と決意

この原稿をもらった当時、事務所の社長であり巨泉さんの実弟の大橋哲也さんは、本誌に治療の内情をこう語っていた。

「がんセンターの先生からは『今のところがんはないので、まずは体力を回復させましょう』と言われていたのですが、

この在宅介護の医者は『どこで死にたいですか?どうやって死にたいですか?』とばかり聞いてきました。

がんセンターから兄のカルテが届いているはずなのに、読んでなかったのでしょうか……。

そして、『とにかく背中の痛みを抑えるために、薬を飲みましょう』とモルヒネ系の薬をどんどん送ってきたのです。その中には貼り薬もありました。

さらにこの医者は、『まあ、もって2~3ヵ月でしょう。私は専門医だから分かるんです』と言う。

兄も私たち家族も、相当なショックを受けたのは言うまでもありません」

次の日から、巨泉さんはこの医者に言われた通りに処方されたモルヒネ薬を飲み始めた。するとこんな症状が出始めたという。

「薬を飲むまでは普通に歩いていたし、トイレも自分で行けていたのですが、飲み始めて2日目になると、フラフラして一人で歩けなくなりました。

寿々子さんから電話がかかって来て、一人では抱えられないと言うから、飛んで行ったんです。

3日目になると二人がかりじゃないと支えられないほどになり、兄も『なんか変なんだよ。空を飛んでいるみたいだ』と訴えていました」

(哲也さん)


終末医療に詳しい、帯津三敬病院の帯津良一名誉院長が解説する。

「医療麻薬として知られるモルヒネ系薬は、痛みをとる代わりに、副作用として意識障害や、呼吸抑制により心臓に負担がかかることがある。

特に高齢者で体力が衰えている方は慎重に使う必要があります。服用量を間違えると死期を早めてしまう危険性もある」