ヒルネボウ

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夏目漱石を読むという虚栄 5350

2021-10-20 17:25:13 | 評論

   夏目漱石を読むという虚栄

5000 一も二もない『三四郎』

5300 BLぽいのが好き

5350 隠れ軟派

5351 「羽二重(はぶたえ)の胴着(どうぎ)」

 

明治に、バタ臭い同性愛差別が輸入された。戦後には、バタ臭い反差別が輸入される。

 

<さて一方、珍娘の許嫁(いいなずけ)の傅(ふ)貞(てい)郷(きょう)は、生れつき正直(せいちょく)な男で、年は十八。早くも翰林の遺風にそまりまして、竜(りゅう)陽(よう)にしたしむこと漆(うるし)のごとく膠(にかわ)のごとしというありさまで、女色のほうは、穴の中から蛇をつつき出すようにきらうのでございます。

(駒田信二『好色の勧め 「杏花天」の話』「前門と後庭」)>

 

西洋かぶれを嫌う蛮カラの学生は、ゲイを装った。

 

<その癖硬派たるが書生の本色で、軟派たるは多少影(うしろ)護(めた)い処があるように見えていた。紺足袋小倉袴は硬派の服装であるのに、軟派もその真似をしている。只軟派は同じ服装をしていても、袖をまくることが少い(ママ)。肩を怒らすことが少い(ママ)。ステッキを持ってもステッキが細い。休日に外出する時なんぞは、そっと絹物を着て白足袋を穿(は)いたり何かする。

(森鴎外『ヰタ・セクスアリス』)>

 

鎌倉で、Pはどんな服装をしていたろう。Sは裸だったから、正体不明。

 

<私の友達に横浜の商人(あきんど)か何かで、宅(うち)は中々派出(はで)に暮しているものがありましたが、其所へある時羽二重(はぶたえ)の胴着(どうぎ)が配達で届いた事があります。すると皆(みん)ながそれを見て笑いました。その男は耻(はず)かしがって色々弁解しましたが、折角の胴着を行李(こうり)の底へ放り込んで利用しないのです。それを又大勢が寄ってたかって、わざと着せました。すると運悪くその胴着に蝨(しらみ)がたかりました。友達は丁度幸いとでも思ったのでしょう。評判の胴着をぐるぐると丸めて、散歩の出た序に、根津の大きな泥(ど)溝(ぶ)の中へ棄(す)ててしまいました。

(夏目漱石『こころ』「下 先生との遺書」十七)>

 

この「友達」はSのDだ。〈私の友だちがさあ〉の、あの〈友だち〉だね。「胴着」は〈異性愛〉の隠喩。「宅(うち)」から「届いた」それは、Sの従妹に相当する。未来の夫を愛していない。そんな「女を嫁に貰って嬉しがって」(下三十四)いたら「耻(はず)かし」い。「丁度幸い」にも叔父の醜聞が聞こえてきた。「蝨(しらみ)」は醜聞。これを口実にSは従妹を「棄(す)てて」しまう。

硬派気取りのSに、静の母は「着物を拵(こしら)えろ」(下十七)と勧める。つまり、〈静にプロポーズしなさい〉と暗示したわけだ。彼は静母子と外出し、「御嬢さんの気に入るような帯か反物を買って」(下十七)与えることにする。外出は、ごっことしての婚約披露だった。静母子のままごと、青年Sの妄想、作者の虚構が混交している。

「帯か反物」は〈結納〉の予行演習。

婚約披露を、Sは誰かに承認されたかった。だから、SのDが「級友の一人」(下十七)に化身し、現れた。Dは、その場では声をかけない。翌々日、学校に現われ、「何時(いつ)妻(さい)を迎えたのか」(下十七)と、Sをからかう。Dは、婚約を承認すると同時に非難するわけだ。

 

 

5000 一も二もない『三四郎』

5300 BLぽいのが好き

5350 隠れ軟派

5352 「何でも話し合える中」

 

与次郎の「与」は、〈与次郎は三四郎に妻を与える〉という物語の虚偽の暗示だ。三四郎は三男で、「母」が産めなかった四男の代わりもする。長男は死んだか。次男は養子にやられたか。この長男の霊が与次郎に憑依したか。彼は、「母」を含め、女性不信だ。

Kは〈兄〉の音読みだが、〈KはSに静を与える〉という物語の暗示ではない。作者にすら自覚できない願望の露呈だ。この物語に先立ち、〈Kは静を所有する〉という物語がなければならないわけだが、勿論、そんな物語があっては困る。Sが困るのではなく、作者が困るのだ。作者は、創作に失敗したのではなく、自分が小説によって何をしているのか、わからなくなってしまったのだろう。

 

<Kと私は何でも話し合える中(ママ)でした。

(夏目漱石『こころ』「下 先生と遺書」二十九)>

 

「何でも」は妄想的。真相は、次のどれかだろう。

 

Ⅰ〈「Kと」S「は何でも話し合える中でした」〉

Ⅱ〈「Kと私は何でも話し合える中」だと、私は独り決めしていたの「でした」〉

Ⅲ〈「Kと私は何でも話し合える中」だと、二人で話し合っていたの「でした」〉

 

本文は、Ⅰの書き換え。原典は青年Sの〈自分の物語〉だ。この語り手Sは、神のように万能のつもりだ。幼児的。

Sの〈自分の物語〉がⅡのように語られていたら、青年Sに反省の機会が訪れていたろう。そして、「遺書」の語り手Sは、自分の独善を反省することができたろう。

Ⅲの場合、Kが嘘をついていた。あるいは、SがKに騙されていた。そうした可能性が考えられる。彼らがゲイでなければ、早晩、殺しあうことになるはずだ。

「話し合える」の真相は〈話を合わせられる〉のようだ。〈語り合える〉が適当か。ただし、〈語らえる〉というほど打ち解けた関係ではなかったようだ。

〈話す〉と〈語る〉は違う。〈英語を話す・話せばわかる・内緒話〉とはいっても、〈英語を語る・語ればわかる・内緒語り〉とはいわない。逆に、〈語り継ぐ・語り口・語るに落ちる〉とはいうが、〈話し継ぐ・話し口・話すに落ちる〉とはいわない。

〈語る〉は「(うちとけて親しげに「語る」ことから)安心させてだます」(『広辞苑』「騙る」)という意味にもなる。〈語る〉が調子づくと〈歌う〉になり、自分の声を自分の耳に聞かせて自己満足できる。〈歌う〉は「白状することをいう、てきや、盗人仲間の隠語」(『日本国語大辞典』「うたう」)でもある。

〈話し合う〉のは、相談や議論をすることであり、結論が出るものだ。結論が出なければ、話し合いは失敗したことになる。一方、〈語り合う〉のは、互いの自説を披露するだけで成り立つ。両者の自己完結的コミュニケーションに終始し、結論は出なくてもいい。

語り手Sは〈話す〉の意味をよく知らない。Nが知らないのだ。

 

 

 

 

 

 

5000 一も二もない『三四郎』

5300 BLぽいのが好き

5350 隠れ軟派

5353 「個性の一致」は観察不能

 

Nは、ゲイではないのに、ゲイのように考えていたらしい。あるいは、バイだったか。

 

<「先生今日は大分俳句が出来ますね」

「今日に限った事じゃない。いつでも腹の中で出来てるのさ。僕の俳句における造詣(ぞうけい)と云ったら、故子(し)規子(きし)も舌を捲(ま)いて驚ろ(ママ)いた位のものさ」

「先生、子規さんとは御つき合でしたか」と正直な東風君は真率な質問をかける。

「なにつき合わなくっても始終無線電信で肝胆相照らしていたもんだ」と無茶苦茶を云うので、東風先生はあきれて黙ってしまった。

(夏目漱石『吾輩は猫である』十一)>

 

「俳句における造詣(ぞうけい)」は、門外漢には、「滅茶苦茶」に思える。

 

<個性の発展というのは個性の自由と云(ママ)う意味だろう。個性の自由と云(ママ)う意味はおれはおれ、人は人と云(ママ)う意味だろう。その芸術なんか存在出来る訳がないじゃないか。芸術が繁昌するのは芸術家と享受者(きょうじゅしゃ)の間に個性の一致があるからだろう。君がいくら新体詩家だって踏張(ふんば)っても、君の詩を読んで面白いと云うものが一人もなくっちゃ、君の新体詩も御気の毒だが君より外に読み手はなくなる訳だろう。鴛鴦歌(えんおうか)をいく篇作ったって始まらないやね。

(夏目漱石『吾輩は猫である』十一)>

 

「発展」を「自由」と、このように「意味」をすりかえていくのが、Nのスタイル。

「個性の一致」は観察不能で、屁理屈の類。〈小説〉は〈ノベル〉で、新奇なものだ。自分の「個性」と違う情報を求めて読む。「一致」があり過ぎたら、退屈。

普通の「芸術家」に「読み手」は実在しなくていい。彼らの心の中には、素敵な敵の〈聞き手〉がいるからだ。むしろ、未知の「享受者(きょうじゅしゃ)」を呼ぶために歌うのだ。

「鴛鴦歌(えんおうか)」は、まだ見ぬ恋人に贈ることができる。恋人が出現したら、言葉は要らない。『ウェストサイイド物語』(ワイズ+ロビンズ監督)の体育館の場面を参照。

 

<われわれはお互いの目の奥を見つめた。〈よく分りました〉と彼はいった。そして人々の前でわれわれは兄弟愛の口づけをした。

ユダヤ教徒とキリスト教徒の間に介在している状況から起った論議は、キリスト教徒とユダヤ教徒の間の連帯に変わった。この変様の中で対話は成就した。意見は解消して、事実的なものが、血肉をともなって生じたのである。

(マルティン・ブーバー『対話』「第一部 記述」「意見と事実」)>

 

 Nの小説に「兄弟愛」は描かれていない。「連帯」は起きない。その理由は簡単だろう。「対話」がなされないからだ。

 

(5350終)

(5300終)


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