一風斎の趣味的生活/もっと活字を!
新刊、旧刊とりまぜて
読んだ本の書評をお送りいたします。
活字中毒者のアナタのためのブログです。
 




黒船以来(このかた)
―日本の吹奏楽150年の歩み―
(KING KICC-407)


以前に本ブログで述べたかもしれませんが、幕末期、日本へは「軍楽」という形で西欧音楽が入ってきました。

そのルートの1つは、文久3(1863)年から横浜外国人居留地に駐屯したイギリス軍からのものです。
このルートを通じては、信州上田藩、薩摩藩などへ、大太鼓、小太鼓、ラッパ(または代替品として日本の篠笛)という編成の軍楽が伝わりました。

もう1つのルートは、慶応2(1866)年から幕府で行われた「フランス伝習」で、これにはフランス人教師が伴っていました。
これは、ラッパ伍長ギュディックから習ったラッパ信号で、翌年には、田辺良輔訳の『喇叭符号 全』が刊行され、幕府の他、長州藩でも使用されました。

そして、最も古いものが、安政2(1855)年、長崎に開設された海軍伝習所でのドラム信号伝習で、「蘭式太鼓」と呼ばれていました(翌年には「西洋行軍鼓譜」という信号符まで発刊されている)。
また、ドラムだけの演奏だったようですが、行進曲も伝えられたことが、カッテンディーケによって証言されています。

さて、ここでいくつか疑問が生じてきました。
というのは、篠田鉱造の『幕末百話』に、江戸でオランダ式の太鼓を教える塾があったという証言が出ていることです。例によって、この本には、証言者の名前がありませんが、まず嘘とは思えない。

この無名者による証言によれば、行進の伴奏となる2拍子の〈ろっぷる〉から始まり、5つ叩き、〈ほろろむ〉、9つ叩き、〈ほろろんろん〉と、一通りの叩き方の稽古。それができるようになると、今度は、行進曲の伴奏ができるようにということで、「5マルス(=マーチ)」の太鼓譜を練習した、といいます。

その「5マルス」とは、駆け足の時に鳴らす2拍子の『ディンストマルス』から始まって、和風の音曲が加味されている『ヤッパンマルス』、『コロニアルマルス』、『フランスマルス』、『レジントマルス』で「5マルス」といいます。

まず、この太鼓譜は「オランダ式」とあるように、長崎海軍伝習所ルートのものなのでしょうか。
ここに多少の疑問があるのは、実は、高島秋帆が、それ以前にドラム信号を行っていたフシがあるからなのです。これを完全に否定するにしろ、可能性を考慮するにしろ、『幕末百話』にあるデータは少な過ぎます。
もっとも、「5マルス」に関しては、まず長崎海軍伝習所ルートで伝わったものでしょう。
というのは、先述したようにカッテンディーケの証言があるからです。

次に、『ヤッパンマルス』とあるのは、後に『維新マーチ』と呼ばれるようになったものと同一のものか、という疑問があります。

『維新マーチ』というのは、明治維新を舞台にしたドラマには必ずと言っていいほど登場する、「ぴーひゃら、らったった」という行進曲ですね(こちらで聞くことができます)。

『ヤッパンマルス』の作曲年度を安政3(1856)年とする説もあり、もし、それが正しいとすれば、明らかに長崎海軍伝習所で作られたものでしょうし、江戸の蘭式太鼓塾でも、長崎海軍伝習所で学んだ結果が伝えられていたのでしょう。

したがって、『維新マーチ』として、新政府軍がこの曲に乗って行進するというのは、幕府で作られたものを盗用したということになるのですが(もっとも「日の丸」も、幕府艦艇の船印だったものを、明治以降に国旗化したのだった)。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )



« 最近の拾い読... 三河屋幸三郎... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。