
トランプ米大統領が9日、相互関税の10%超の上乗せ部分について90日間の停止を発表し、世界の金融・資本市場では株式などリスク資産にマネーが回帰している。日本政府にとっては、交渉時間が確保できたプラス面があるものの、ベッセント米財務長官から交渉の「列の先頭にいる」と指摘され、日本が江戸時代から得意としてきた交渉の先送り戦術は使えない状況だ。
政府・与党内では、トランプ関税による経済的打撃を緩和するための給付金の交付案が浮上しているようだが、米側が非関税障壁の撤廃を求める中で消費税を指摘していることもあり、筆者は消費税の減税が大きなポイントとして浮上する可能性があると予想する。また、通貨安問題も重要な交渉テーマになりそうで、消費税減税と円高誘導が石破茂首相と政府・与党を悩ませる大きな問題になるのではないかと予想する。
<トランプ氏の決断を促した米国債市場の反乱、今後はベッセント財務長官主導に>
今回のトランプ大統領の方針転換の裏に何があったのか──。9日の記者団とのやり取りの中で「債券市場は非常に厄介だ。だが今は美しい」と述べたことが大きなヒントになる。
8日の当欄で指摘したように、10年米国債利回り(長期金利)は一時、4.5%台に上昇。安全資産の存在が消失しかねない事態にマーケットは大きく動揺し、日本の長期金利上昇やドル安・円高の動きにも波及した。
株価の急落でヘッジファンドなどが追加の証拠金を求められ(マージンコール)、米国債を売却したことや、中国勢が米国債を売却したことなどが価格急落の要因と見られているが、米国債の下落が継続すれば米銀が保有する債券の下落につながり、金融システムが動揺するピンチに直面しかねなかった。
筆者は、この重大局面に気付いたベッセント財務長官がトランプ大統領に進言し、相互関税の上乗せ部分の90日停止が決まったと推理する。その証拠に90日間の停止に関する9日の会見での具体的な説明は、ベッセント財務長官が担当した。
このことは、これからの90日間で起きることを予想させる。つまり、関税の引き上げでダイレクトに米貿易赤字の圧縮を図ろうとするナバロ大統領上級顧問ではなく、ベッセント財務長官が主導して各国と交渉し、相手国の関税、非関税障壁、通貨安などの懸案を解決し、その成果に見合って相互関税の上乗せ部分をカットしていく作業が始まるということだろう。
<日本は「列の先頭」、得意の交渉先送り戦術は使えず>
90日間の猶予と聞いて、政府・与党関係者の中には「これで時間を稼げる」と胸をなで下ろした向きもあったのではないか。何しろ、1853年のペリー来航の時に当時の将軍、徳川家慶の病気を理由に、ペリー提督が所持してきた米国大統領親書への回答を1年延期したという交渉先送りは「お家芸」とも言える戦術だからだ。
だが、ベッセント財務長官は9日、関税交渉について「日本が列の先頭にいる」と述べて日本と真っ先に交渉する意思を明確に示した。これは日本との交渉で米側の主張を認めさせ、それを理由に相互関税や自動車などへの関税を引き下げるという「先例」を作る狙いがあると筆者は推定する。
日本は軍事的、経済的に重要な同盟国とベッセント氏は指摘しているものの、米国の核の傘の下にいる日本は、米国の強い意向を突っぱねて交渉を決裂させるリスクが最も少ない国と「値踏み」した結果ではないかと予想する。したがって、今回の日米交渉は米側の言い値をそのまま受け入れることもあるのではないか、というほどの「米国有利」の状況で始まるとみるべきだ。
<税率引き下げへ不可避の円高誘導>
ベッセント財務長官は対日交渉の責任者にトランプ大統領から指名された7日、Xへの投稿の中で「関税、非関税障壁、通貨問題などに関する今後の生産的なやりとりを楽しみにしている」と述べていた。
また、9日のFOXビジネスとのインタビューでは「円はこれまで強くなってきたが、それは日本の経済成長が非常に強かったこと、インフレ期待が高まり、日銀が政策金利を引き上げていることの結果だ」と語っていた。
これらを勘案すると、ベッセント財務長官が日米交渉のテーブルの上に「円高誘導」を求めてくるのは確実だと指摘したい。
どの程度の円高水準を要求してくるのか現段階では不明だが、仮に最近まで推移していた150円近辺を起点に10%の円高を求めてくるなら、130円台をイメージしている円高誘導を日本に求めてくる可能性がある。
<米国債売り連想させるドル売り・円買い介入は禁じ手に>
ここで問題になるのが、ベッセント財務長官が米長期金利の上昇要因と市場から見られがちなドル売り・円買い介入の実施に消極的とみられていることだ。
実際、米長期金利の上昇が契機となり、相互関税の上乗せ部分の90日停止が決まった経緯を見れば、介入原資確保のために米国債が売られるのではないか、という思惑をじゃっ起させやすい円買い介入の実施は事実上、困難とみていいのではないか。
<日銀の利上げはどうなるのか>
そうなると、円高誘導を図る具体的な対応策は何か──。ここで気になるのが、最近の円高基調を説明する上でベッセント財務長官が述べた内容だ。日本経済の強さへの言及とともに「インフレ期待が高まり、日銀が政策金利を引き上げていること」と述べたことをどのように受け止めるかがポイントの1つになる。
もし、日銀の利上げが有力な手段になりうるとベッセント財務長官から指摘された場合、日本政府はどのような対応を取りうるのだろうか。
目前で中国への関税率が125%になっている状況を勘案すると、米側から円安を容認していると言われるような対応策は回避したいと日本政府が判断する可能性もあるのではないか。
<政府・与党内で給付金の支給案浮上>
さらに日本政府は厄介な問題に直面しそうだと指摘したい。それは、トランプ関税による打撃緩和を目的とした財政出動の手段だ。もっと端的に言えば、最近になって政府・与党内で浮上している給付金の支給で対米交渉はしのげるのか、という問題だ。
複数の国内メディアは、与党内に国民一人当たり3-5万円の給付金を支給する案が浮上していると伝えている。5万円とすると全体で6兆円を超える規模になる。物価高で落ち込みやすい個人消費を支える案としては有力な選択肢のようにみえるが、これから行われる日米交渉では有効なカードになりえない、と指摘したい。
<対米交渉にらみ消費税率引き下げは一石二鳥、立ちふさがる巨額財源問題>
米国は日本の消費税を非関税障壁と主張している。米国には連邦レベルでの消費税はなく、対米輸出される日本車に消費税はかからないのに日本に輸出される米国車には10%の消費税がかかるのは「不公平」という理屈だ。そこには、日本の自動車メーカーが完成車を出荷するまでに負担した消費税について、輸出段階で日本政府がメーカーに還付するのは「補助金」だという指摘も加わる。
全く不合理な主張だが、だからと言って日本経済の屋台骨を支える対米自動車輸出に25%の関税がかかることを黙認してよい、ということにはならないだろう。
そこで、与党内の一部には給付金の支給に代えて、現行で10%の消費税を5%にカットするシナリオもささやかれているようだ。
消費税を半減することで、非関税障壁の撤廃に向けて努力している姿勢を示せるだけでなく、消費刺激効果は給付金支給を大幅に上回ると予想され、日米交渉と個人消費にともに効く「一石二鳥」の案と言えなくもない。
しかし、12.5兆円規模の巨額の税収減となり、それが恒久的に続くという財源問題が発生する。財務省は猛反対し、与党内の財政健全派の有力者も軒並み反対することが予想される。
日本経済新聞によると、公明党の斉藤鉄夫代表は10日、減税を前提に現金給付が必要だとの見解を示した。減税には法改正が必要なため「つなぎの措置として現金還付することは一定の理解ができる」とし、政府に減税を柱とした経済対策を求めると述べた。減税への流れが表面に出てきた動きの1つと言っていいだろう。
<放出した備蓄米の復元、カリフォルニア米の輸入なら米政府も注目>
もう1つの懸案は、8日の当欄で指摘したコメの関税問題だ。国内のコメ不足と価格高騰を考えると、コメの関税引き下げに賛成の世論が多数を占めそうだが、将来の世界的な食糧危機を想定すれば、国内の生産基盤を揺るがすことになると農水省は猛反対すると予想される。
ここで提案したいのは、政府が今年7月まで備蓄米の放出を続けると決めたことだ。すでに21万トンが放出され、さらに10万トンの追加放出も決まったが、備蓄米の在庫復元の手段は結論が出ていない。全量をカリフォルニア米の輸入で賄えば、米側の注目を集める。
別途、コメの関税を引き下げることも提案すれば、日米交渉のカードの1つになると考える。
上記で指摘した3点は、いずれも国内で激しい対立を生む問題であり、最終的には石破茂首相の決断にかかっている。どのように政治決断し、いつ、自ら訪米してトランプ大統領と決着させるのか。「列の先頭」にいる以上、90日ギリギリになっての訪米はなく、迅速な決断も迫られている。










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