◆井上陽水と私◆2005年1月1日から2011年12月まで

マルチクリエイター。井上陽水と私。 独身氷河期世代。当時、ペンネームは夏風アザミルク。

負け組の論理

2009-10-04 10:34:17 | Weblog
ゲームは勝ち負けが決まる。

今のままでは公平なルールではないから勝ち組が勝ち続ける。



負け組はどういきるべきか?

ゲームに参加して下の方の位置に甘んじる。


ゲームを放棄して働かず生活保護を受ける。



ゲームに参加しないものをゲームに参加する大多数は下の下として蔑む。


それでもたくましく生活保護をもらって働かないことが負け組の生きる道か?



勝ち組の上は
ゲームに参加しないひとに

簡単な社会サービスの仕事をしてください。その代わり私たちの払った税金の一部を差し上げましょう。生活保護という名目が嫌ならちゃんと手当てや給料として支払います。



とゲームに参加するように誘ってくる。


ゲームとは

働かざるもの食うべからず

というルールだ。


働くってなんだろ?
モノを作ったり売ったりだけが仕事じゃないよね?


他人を助けることか?


ならば障害者は他人を助ける狭い意味の仕事はできないから
食うべからずなのか?


施設に入って給食を食べるだけの人生を送ればいいのか?



障害者と勝ち負けのゲームは微妙な問題だ。


特に怠け者のように見られる障害者は
健常者より少ない仕事でずっとたくさん疲れてしまう。

つまり、病気や障害と闘うという仕事をしてるんじゃないか?



年寄りや子供と同じく生産性がなくても
社会の一員として

組み込まれなくては
いけない。



ゲームを放棄してるような状態は異常だ。


低賃金で働き苦しい生活で我慢しろという社会も不安定だ。



医療費を減らしたい、障害者が街に溢れて気持ち悪い思いはしたくない。

という勝ち組の思惑は隠しきれない。


障害者もどこかの居場所で働いて
ウロウロする浮浪者になっては困るという社会全体の了解がある。


生活保護ではなく
収入保証をすべての家庭に行き渡らせれば
生活保護だけが蔑まれることもなくなるのではないか?



社会は急に変われない。
資本主義でずっと走ってきた日本!
意識は変えられない。


さて
子育て支援はどうか?
子育てできるのは余裕がある証拠だ。本当に貧乏だったり障害者ならば結婚すらできない。


子育てを支援するのは貧乏人に限定すべきだし、
貧乏な子どもでも将来、教育を受けて社会に役に立つ子どもにしか税金を使いたくない。



前半の論旨と矛盾するかもしれないが、

どんなに考えても一貫した論理はまとまらない。


子どもには奨学金を○
子どもや結婚に関係なくすへての貧乏人と障害者に収入保証を○
障害者には障害と闘う仕事があり、その対価を税金からもらう権利がある。また支援サービスを無料で受ける権利があり、それが支援サービス業界の雇用拡大につながる最大の公共事業なのだ。




どこまで受け入れてもらえるかなあ。

ルールを覚えて勝つことしか考えない人間には理解できないだろう。

ルールを作り替えながら参加していく志のあるひとには届いて欲しい。