石造美術紀行

石造美術の探訪記

奈良県奈良市大平尾町 八柱神社裏山五輪塔

2015-04-30 10:03:56 | 五輪塔

奈良県奈良市大平尾町 八柱神社裏山五輪塔
大平尾町は、奈良市東郊にあり、尾根と谷間の間に田畑と集落が点在する風景が広がる東山内の寒村といったところ。八柱神社の西側の尾根を登っていくと、県道47号天理加茂木津線を南方に見下ろすピーク付近に東西方向に延びる廃道のような山道の痕跡に当たる。この廃道沿いに、背光五輪塔や箱仏などの石造物がいくつか集積されている。もしかすると退転した神社の別当寺か何かがあって、そこに付随した古い墓地の痕跡かもしれないが詳細は不明。
香華を手向ける人も絶え、雑木や落葉に埋もれた様子で、すっかり世間からは忘れ去られているようである。そこに一際立派な五輪塔がある。水輪から上が倒壊して傍らにそのままの状態で放置されており、何か時間が止まってしまったかのような印象を受ける。薄暗い山林であったようだが、最近付近の木が伐採され明るくなったのはせめてもの救いかもしれない。総花崗岩製。反花座を伴う本格的な五輪塔で、反花座を含む総高約183cmの六尺塔である。原位置を動いていないかどうかはわからないが、いちおう反花座と地輪は無事のようである。方位と各側面はほぼ一致している。
反花座は下方が埋まって確認できないが、幅約82cm、高さ約21.5cm。上端受座の幅約62cm、高さは約1.5cm。反花は覆輪付複弁で一辺あたり四枚の主弁を配し、主蓮弁の間には小花(間弁)を伴う。四隅に小花(間弁)を持ってくるのは大和系の反花座の特長。

反花座の下の基壇の有無は確認できない。反花座を除いた塔高は約161.5cm。地輪は幅約56cm、高さ約41.5cm、上端面中央には、外縁部の径約11cm、底部の径約9cm、深さ約2cmの丸い枘穴がある。上端面は真平らではなく、微妙な雨落ちの勾配がつけてあるようである。南東隅には削げ落ちたような欠損が見られる。水輪は高さ約44.5cm、径約56.5cm、上下に枘がある。上の枘は基底部の径約9cm、高さは1cm弱。下の枘は基底部の径約8.5cm、高さ約1.5cmである。火輪の軒幅は約52.5cm、高さ約34cm、軒口の厚さは中央で約10.5cm、隅で約12cm。隅増の少ない重厚な軒口である。底面中央には、浅い枘穴があるが、水輪に接しているうえに腐葉土が挟まりはっきり確認できない。火輪の上端は幅約21cm、中央には外縁部径約11.5cm、底部の径約9.5cm、深さ約3cmの丸い枘穴がある。空風輪は、高さ約42cm、風輪径約30.5cm、空輪約31.5cm、風輪下端にある枘は基底部の径約9.5cm、高さ約2cm。梵字や刻銘は見られない。倒壊している点や地輪の隅の欠損を除けば総じて遺存状態は悪くない。東山内各地に残されている郷塔と呼ばれる五輪塔のひとつと考えられる。反花座の蓮弁の様子や火輪の軒、空風輪の形状などから14世紀前半頃の造立と見て大過ないものと思われる。

倒壊しているため、一具の各部材の接合面を観察できる点は有難い。空風輪の下端及び水輪の上下に枘を作り出し、地輪上端面と火輪底面に対応する枘穴を彫り込んでいる。水輪の枘は低く、空風輪の枘は大きい。
枘は、凸凹を組み合わせ倒壊を防ぐための造作である。各地で五輪塔の残欠を見る機会は多いが、これだけ大きい五輪塔で、一具の各部材接合面を観察できる例はあまりない。枘の有無や位置などに時代や地域色が出ることもあるので、注意が必要である。
 付近の石造物の多くは、雑木の中で腐葉土に半ば埋まったような状態で、粗々眺めた程度であったが、概ね中世末期~近世初め頃のもので、中には平板陽刻した円相内に光明真言らしい梵字を廻らせた背光墓碑や伊勢神宮参詣板碑?(慶長17年銘)など興味深いものも散見された。


参考:元興寺文化財研究所編 『五輪塔の研究』平成4年度調査概要報告書

文中法量値は『五輪塔の研究』に依りました(ただし5ミリ単位に切上・切捨。各枘・枘穴と火輪上端、反花座の受座は実地略計測)。同書には、八幡神社裏山とありますが、八柱神社が正しいようです。同書の図版写真に倒壊した五輪塔の横に人が立っている写真が載せてあり、気になっていましたが、最近になって思い出して行ってみました。『奈良県史』石造美術編にも記載がありません。
周囲の木々の様子や火輪と水輪の位置が写真と少し違ってましたが、ほぼそのままでした。元興寺文化財研究所による調査時からはもう20年以上が経過しているはずですが、相変わらず忘れ去られているような状況です
。接合面の観察云々はともかく、これはこれで寂れた風情を感じることができるわけですが、これだけ立派な五輪塔が倒壊したまま忘れられているというのは、五輪塔の宝庫、奈良ならではの贅沢な状況かもしれません。あ、しまった…地輪と反花座の間に奉籠穴があったかどうか見てくるの忘れた…。


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